543 星暦555年 紺の月 15日 更新できる記録(5)
魔道具が一応完成して、試作品を試してもらうことになった学院長の視点です。
>>>サイド アイシャルヌ・ハートネット
「ほおう、これが記録を魔石に取り込み、随時更新出来るという新しい魔道具か」
ウィルが何やら新しい魔道具の試作品を持ってきた。
以前開発した記録用魔道具に手を加えて、書類の記録と修正・更新に使える魔道具を作ったそうだ。
魔術学院では毎年生徒に関する膨大な量の資料が作成される。
それを整理できる魔道具があるなら、少し位割高でも欲しいところだ。
しっかし。
相変わらず思いがけない新しい種類の魔道具を開発するな、この3人組は。
「読み取った記録を好きな個所で切り分けて、そこに文字を書き足したり記録にある文字を消して書き加えたり出来ます。また、切り分けたところに違う書類から読み込んだ記録を足すことも可能です。
ある意味痕跡なしに記録の改ざんが出来てしまうので、書き込み権限のある人間以外は情報をこちらの感応紙に出力させてそれを読む方が良いでしょうね。
感応紙は魔力に反応して記録が出力される形になっているので、そのまま置いておいたら周囲の魔力に反応してそのうち読めなくなりますし、自分で魔力を通しても白紙化されます。大量に感応紙を白紙化させたい場合はそのための簡単な魔道具も開発してあります。
反対に、出力した記録が消えては困るのでしたら別の試薬を塗ることで魔力に感応しなくなり、情報がそのまま残るようになります。
中短期的にだけ保存したい場合は魔力を遮断する箱に入れて下さい。
こちらもシェフィート商会から売り出されます」
なにやら本を開いて魔道具をその上にかざして作業をしたウィルが、やがて紙を魔道具に差し込んだと思ったら出てきたそれを差し出してきた。
小難しい魔術理論について述べられているページのど真ん中に『試運転中!』と書いた文字の行が差し込まれた紙を見て、思わず笑いが漏れた。
「本の中身を一部だけ書き換える悪戯が横行しそうな魔道具だな」
ウィルが虚を突かれたような顔でこちらを見た。
「・・・あ~。確かにそうですね。
製本してある糸をほどいて1ページだけ入れ替えればいいのですから、色々可能性はありますね・・・。
まあ、悪戯そのものは今だって手書きで可能なんですから、要はこの魔道具を生徒が使えるところに置いておかないことが重要なのでは?」
確かにな。
というか、生徒の情報を纏めるのに使うとしたら当然のことながら生徒が使えるところに置くわけにはいかない。
だが。
「これは誰かが情報を修正しても分からないのか?」
紙の資料だったら後から修正した場合はそれなりに痕跡が残るので、成績の改ざん等は調べえば発覚しやすい。
この魔道具で記録した場合、筆跡さえ真似できれば殆ど痕跡が残らないことになるのか?
「魔道具の使用、及び記録用魔石の取り出しには鍵が必要です。
だからこの鍵の管理をしっかりする必要がありますね。
また、追加機能をつけた場合は記録用魔石を記録を最初に作成した魔道具でしか読み取ることも修正することも出来なく出来るので、魔道具そのものを部屋から持ち出せないように机にでも固定しておけばこっそり魔石だけ持ち出して情報の修正を他でして持ち帰ってくるということも出来なくなります。
そう言えば、魔石をなくしたら情報が完全に失われることになるので、定期的にこの感応紙にでも内容を出力して、魔力を遮断する箱にでも保管しておいて定期的にそれを更新したほうが良いでしょうね。
更新する際に中身が変に改ざんされていないか確認すればいいと思いますが・・・そうなると全ての情報に目を通すことになるから難しいかも?
かといって過去の改ざんの記録を確認する為に出力した感応紙を全部取っておくとなったら最初からこの魔道具を使わないほうが良い位ですよねぇ」
こちらの質問に答えながら、ウィルが頭を抱えてしまった。
なんと言っても、ウィルの学院との出会いがテスト問題の盗難関連だったのだ。
一部の生徒(と多分その親)の成績に関する熱意を知っているのでウィルだって改ざんの痕跡が無くなることの危険性は良く分かっているだろう。
「まあ、成績の扱いに関してはこれから考えるとするよ。
だが、今は事務員や教員が手書きしている生徒やその親への知らせを全部この感応紙を使って出力できるとしたらありがたいな。
しかも要らなくなった知らせの紙をこちらに再提出するように言っておけば経費削減にもなるし。
幾らで売り出す予定なのだ?」
入学式や学院祭の前などは、生徒の家族や近隣に配る知らせが事務員と教員が全員で腱鞘炎に苦しむ羽目になるほど大量になる。
それを魔道具を使って出来るとなれば、泣いて喜ぶ人間も出てくるだろう。
というか、その時期に臨時で雇う人員が不要になるなら、数年分の人件費でこの魔道具代も賄えるのではないか?
成績に関しては・・・卒業して数年たった古い記録を現在は倉庫に山積みにしてあるが、代わりに魔石に記録して紙は破棄することにすれば大分保管スペースを節約できるな。
だが・・・。
魔道具に手を伸ばし、鍵を回して魔石を取り出してみた。
何やら魔術回路が刻み込まれているが、基本的に普通の魔石だ。
「いくつも記録用の魔石が作られた場合、どうやって見分けるのだ?
一々この魔道具にはめ込まないと分からないのだと大変だぞ?」
しかもその追加機能とやらを使った場合はまず読み取れる魔道具を探すのに一苦労する羽目になりそうだし。
ウィルが少し困った顔をした。
「あ~。
心眼でじぃっと視つめると中の情報も一応読めますから、最初のところに何の記録なのか明記しておけば探しやすいですよ?
ただ、アレクやシャルロ曰く、余程のことがない限り心眼で視るより魔道具で調べる!と言うので魔石を保管する箱にでも詳細を書いておいたらどうでしょう?」
心眼を魔石に凝らして集中する。
何やらぼんやり視えるが、何が書いてあるのかは分からない。
更に心眼を凝らし、集中し、集中し・・・戦略級魔術を放つぐらい集中してやっと、記録に取り込んだ情報が読めてきた。
幾ら自分が心眼の使用がそれほど得意ではないとはいえ、これは難しすぎる。
「『可能』というだけであって、『現実的』ではないだろう、これは。
分かった、保管箱にちゃんと必要な情報を書くようにしよう。
で、いつこの魔道具は売り出されるんだ?
感応紙もそれなりの枚数が必要だぞ?」
ウィルが魔道具をこちらに押しやり、更にでん、と重そうな袋をその横に置いた。
「取り敢えず、この試作品とそちらの感応紙を使ってみて何か問題点とか改善点が無いか、教えて下さい。
1月程こちらで使ってもらって特に変更点が無かったら来月あたりにでも売り出す予定です。
現時点では魔術院や商業ギルドにも試作品を差し入れて、問題点が無いかとか幾つぐらい購入希望かを確認して製作の準備を始めているところです」
「魔術院と商業ギルドに出したりしたら、あっという間に模倣品が出てこないか?」
転移箱で懲りたと思ったのだが。
ウィルが肩を竦めた。
「まあ、俺もそう思ったんですけどねぇ。
魔術回路そのものは特許登録が既に済んでいますし、アレク曰くこの魔道具の一番重要な売りは魔道具ではなく感応紙だとのことで。
シャルロが開発したんですが、アレク的にはそう簡単には模倣できないと自信があるみたいですね」
シャルロの不思議な観点の独創性はずば抜けていたからなぁ。
「感応紙を白紙化する魔道具は?」
「そちらは比較的単純なんで特に使用者の感想を聞く必要はないですから」
あっさりウィルが答えた。
いや、単にこちらが欲しいだけなのだが。
魔道具が正式に売り出されてから買えということか。
まあ、魔力を通せば白紙化できるのだったら試運転に関しては無くても問題ないな。
商業ギルドの人間は悔しがっているだろうが。
ふむ。
便利な世の中になりそうだ。
ほぼほぼこれで製品開発は終わりです。
記録を今までとがらっと形を変えてこちらに取り込むようにするのには反対論もありそうなのでそれなりに時間がかかりそうですが、コピー機としての需要はすぐさま爆発的に発生しそう。
そしてシェフィート商会は魔道具は比較的安めに売りだして、感応紙で儲けるつもり。
プリンターメーカーのインク戦略と同じですねw