541 星暦555年 紫の月 23日 更新できる記録(3)
「だ~~!!!」
細心の注意を払って魔道具を動かしたのにページの真ん中ではなく上の方で映像が切れてしまい、思わず声をあげながら後ろにひっくり返った。
メルタル師の屋敷から購入した試作品の山の中から、映像を好きな場面で切る機能を持つ魔道具を発見してそれを今回の魔道具に組み込んでみたのだが・・・思うように正確に映像を切れない。
「大丈夫~?」
何やら色々な素材を手当たり次第に混ぜていた(ちゃんと本人的には順序があるんだろうけど)シャルロが声をかけてきた。
「微妙~。
なんか、俺だったら反射神経とコツで何とか出来るようになるかもしれないが、考えてみたら魔道具として売り出すのに反射神経が鋭くなければ思うところで編集できないって致命的だよなぁ・・・」
ため息をつきながらお茶を淹れるために立ち上がる。
「魔術院で、この記録用魔道具の新しいタイプに何か使える機能があるか確認して来たら?
僕も複写するのに良いアイディアを見つけたよ?」
シャルロが自分の作業している机を指しながら提案した。
おや?
俺達が記録用魔道具を売り出してからもうすぐ2年になるが、それ程改良が進んだのか?
魔道具というのは余程の理由がない限り、売り出したばかりの新しくて特許料がそれなりに高い魔術回路を態々改良するケースってあまりないのだが。
「あの魔道具は一部に関しては静止画像を俳優の姿絵を撮るのに使ってはどうかと売り出しただろう?
俳優の熱烈なファンな貴族や大手商会の奥様方が記録用魔道具で自分が欲しいような姿絵を撮るために、かなりの金を払って魔術院や家で雇っている魔術師に改良させたんだ。
だから今年になってから特許からの収入が大分増えていただろう?」
アレクが作業していた試作品から顔をあげて説明を付け加えた。
マジ?
そんなの知らなかったよ・・・。
売上の総額は確認していたが、何が売れていたのかなんてさらっとしか見ていなかったし、前年度と比べて増えているかも確認してなかった。
そっかぁ。
熱烈な使用者がある魔道具だとそれの改良に利益を度外視した投資が入るのか・・・。
「ちょっとじゃあ、見てくるわ」
◆◆◆◆
「おや、ウィル君じゃないか。
こんなところで何をやっているんじゃね?」
突然後ろから声をかけられた。
うげ。
シャルロの『ウォレン叔父さん』じゃねえか。
しまったな、転移門でも使っていたのか。
折角面白そうな開発をやっているのだ。
変な用事を頼まれたくないんだが。
でも、考えてみたら今度の魔道具は情報部で記録保持に使うかもしれないな。
そう考えたら、将来的な使用者の意見も聞いておいて損はないかもしれない。
シャルロ大好き爺さんだからシャルロと一緒に開発して売り出す予定の魔道具のアイディアを他に流したりはしないだろうし。
「ちょっと新しい魔道具の開発に3人で取り掛かっていましてね。
何か参考になる魔術回路が登録されていないか、確認に来ているんですよ」
一応人当たり良く答えておく。
さて。
どうやってこの爺さんから新しい魔道具に関する意見を引き出すかなぁ。
そう考えていたら、向うも興味を持ったのかお茶を誘ってきた。
これは付き合わざるを得ないな。
変な依頼が湧いてこないことを期待しよう。
「ほおう?
情報を纏めて記録出来る上に、修正したり書き足せる記録用の魔道具か。
面白そうじゃの」
まだ具体化できていないのでアイディアを他には広めないでほしいと頼み、お茶を飲みつつウォレン氏に開発中の魔道具のアイディアを話した。
魔術院のすぐそばにある喫茶店でお茶を飲みながら新しいアイディアの話をして『他に漏らさないでほしい』と言うだけでは意味がないので、勿論防音結界は張っている。
前回の転移箱の騒動を見る限り、どうも魔術院の開発部は新しいアイディアに飢えているようだからな。
下手なところで話し合ったらあっという間に盗まれそうだ。
「会計の帳簿にしろ、魔術院の魔術回路の特許の目録にしろ、色々とどんどん増えていく情報ってそれを付け足して更新していくのにちょうどいい方法が無いじゃないですか。
ですから情報を集めて整理できる魔道具が欲しいなと思って。
閲覧した人間に勝手に情報を変えられないように、外部の人間に見せる時用に情報を複写して紙か何かの媒体で見せる形にも出来るようにする予定です」
まあ、現時点では情報の切り貼りの段階で躓いているが。
「ふむ。
つまり、膨大な量の情報を魔道具の中にある魔石に蓄積できるようになるのかね?」
爺さんがクッキーを手に取りながら聞いてきた。
考えてみたら、そうだよな。
まだ試していないが、昨日の試作品で数ページ記録した際の感じだと本1冊分の情報も中ぐらいの魔石に全部納められそうだった。
そう考えると、図書館の古くてあまり必要が無い本も魔石に記録させて場所を開けることも可能になるかもしれない。
「そうですね。
まだ確認が必要ですが、本1冊分ぐらいでしたら中ぐらいの魔石1つで記録できると思います」
「そしてその魔石さえあれば、どの魔道具を使っても中の情報は読み取れると?」
爺さんがちょっと難しそうな顔をして聞いてきた。
ふむ。
あまり考えていなかったが、別にそこら辺は特に制限を付ける設計にはなっていないよな。
本だって開けば誰だって読めるのだ。
どの魔道具を使ったって記録を読めるのはある意味当然のことだろう。
「まあ、そうですね。
本だってよほどのことが無ければ開いた人間が読めるのに制限をかけたりしませんから、それと同じですよ。
会計情報とかは抜き取られたら困る場合もあるでしょうから魔石の管理には気を付けた方が良いでしょうが」
考えてみたら禁書とかは鍵付きの場合もある。
本と違って魔石だったら簡単に盗めるから、何らかの鍵みたいな機能を付けた方が良いかもしれないな。
「その魔石の複製は可能になるのかの?」
どうやって魔石から情報を読み取れないように鍵をつけるかを頭の中で考えていたら、ウォレン氏が更に聞いてきた。
複製ねぇ。
「魔石を直接複製するのは情報量が多いので現実的には無理ですね。
出力用の媒体に複写したのを読み込むという形でしたら情報を複製した新しい魔石を作れますが。
その代わり全部情報を一度媒体に複写しなければならないので、情報量が多い場合は準備がそこそこ大変なことになりそうですね」
まあ、それでも軍部や国税局の情報とかをいくつかの拠点で共有したい時なんかには便利かもな。
「確かに重要な機密情報を入れた魔石が誰にでも読める形では困るでしょうから、追加機能で読み取りに何らかの形の承認プロセスを付け加えられるようにしたほうが良いかもしれませんね。
良いアイディアをありがとうございました」
お茶が終わったし、そろそろ調べものに取り掛かりたかったのでお礼を言いながら立ち上がった。
物理的に嵩張る帳簿と違って、ポケットどころか袖に隠せる魔石に情報を記録するということの影響も考えて、問題が起きないような対応策を最初から講じておくか、講じることが出来る追加機能を開発しておく方が良さそうだな。
やはり新しい視点というのはありがたい。
後で学院長にでも更に話をしてみるかなぁ?
アレクにも家族と相談してあった方が良い追加機能について聞いておいてもらおう。
もっとももう少し開発の目途がついてからの方が良いだろうが。
相談して色々とアイディアを貰ったのに結局造れませんでしたではちょっと恥ずかしいからな。
セキュリティに関して考えることになりました。
考えてみたら、直径が500円硬貨程度の魔石に情報が入っているからと大元のデータを破棄して、その魔石を落としたり盗まれたりしたら悲惨ですよね・・・。
バックアップも定期的に作るのを推奨したほうが良いのかも。