536 星暦555年 紫の月 13日 重要な確認作業だよね(8)
「へぇぇ、これがザルガ共和国風の事務所なのか」
婿子爵の拠点に案内されたアレクが周りを見回しながら呟いた。
今回、長はアレクに裏帳簿のチェックを依頼したのだ。
俺が行って裏帳簿を見つけた場合、どこに幾らぐらい何があるはずなのかが判明させてすぐにそれに対処できるように、アレクに裏帳簿の解読を頼んだのだ。
結局、俺が行って見つけたって持って帰ってきてアレクに頼むだけだからね。
だったらその場で解読してもらってギルドの人間に裏帳簿に記載されている財産に関して即応してもらうほうが時間が無駄にならない。
アレクだったら転移門を使っても使用料がかからないし。
裏帳簿を解読して見つかった財産を俺とアレクが各々1割貰えることで話がついた。
アレクとしても他国の事務所というのは興味があったらしく、報酬に関して殆ど交渉することなく合意していた。
ザルガ共和国は南国だけあって暑かった。
建物は全て白塗りで、殆どの窓が天井近くと床近くに細長く水平に作られていた。
こうすることで風を通しつつも日光を遮りやすくしているらしい。
確かに足元に風が通っていると意外と涼しい感じがする。
体の方にも風が欲しいところだが。
魔術学院時代に部屋で活用していた送風機でも持ってくればよかった。
そんなことを考えながら婿子爵が使っていた事務所の中を見て回る。
他国の拠点だから生活スペースもあるかとも思っていたのだが、どうやら子爵は日帰りするか、ホテルに泊まるかしていたようで仮眠スペースは無い。
軽食を食べるスペースはあったが。
ちょっと軽くお茶でも飲んで甘い物でも食べようかなぁ・・・なんて考えながら軽食スペースを見回していて、隠し金庫を見つけた。
意外だ。
書斎にあると思ったんだけど、こんなところにあるんだ??
従業員に見つかって競争相手とか役人に売られる心配をしなかったのかね?
「何か見つかったのか?」
花瓶が飾られたローテーブルを動かし、そこにあった板の端を踏みつけた俺を見てアレクが訊ねてきた。
「隠し金庫だ」
踏みつけられて浮かんだ板を奥に押し込むようにして動かしたら、すっと板全体が引っ込んでその下のスペースが明らかになる。
隣の板は・・・単に下から両端を持って持ち上げればいいだけか。
こちらは端を踏んだところで持ち上がらないようになっているので、ローテーブルが邪魔で簡単には踏めないようになっているこの板を踏んでどけないと金庫は見つからないようにはなっているんだな。
下に隠されていた金庫をさくっと開けたら、中には書類と帳簿と小さな布袋が入っていた。
裏帳簿と権利書に・・・宝石か。
婿養子はどうやらザルガ共和国に店もいくつか所有しているようだ。
交易で稼いだ金で目をつけた事業や店舗に投資していたのかな?
相変わらず、やり手なようだ。
これだけ資産があるんだったら、子爵家なんぞ捨ててさっさとこっちに愛人と移住してくればよかったのに。
子爵家の財産だって不動産とか事業とかはまだしも、それなりに宝石とか金貨だったら持ち出せただろうし、今まで横領した金とそれで増やしてきた財産を合わせれば、実質的には子爵家を全部まるまる買えるぐらいの資産があったんじゃないのか??
まあ、子爵家の領地がどのくらいの資産価値になるのか知らないが。
「こっちの権利書以外に何か財産が有りそうだったら教えてくれ」
書類と帳簿をアレクに渡しながらお願いした。
アレクが帳簿を見ている間に他の部屋も探そう。
軽食を食べる場所の奥には洗面所があり、その横には裏口への扉があった。
裏口を外に出て周りを見回したら、ふと洗面所の窓に目が行った。
北側になるからか、この国にしては窓が大きい。
こういう1階にある大きな窓によくあるように、鉄格子がつけられていて侵入するのに使えないようになっているが・・・よく見ると、鉄格子の固定の仕方に何か違和感を感じる。
「うん?」
鉄格子を確認して、その固定具に目がいく。
妙に金具が大きい。
鉄格子の陰になるように設計されているので分かりにくいが・・・よく見たら、これって外から手で外せるようになっていないか?
もしかして、夜中に忍び込めるようにデザインされているのか??
こんな面倒なことをするよりは普通に裏口の鍵をピッキングすれば良い様に思えるが、素人には難しいかね?
とは言え、この鉄格子を手で外そうと思ったらそれなりに時間がかかると思うが。
そう思いながら裏口を通って事務所の中に入り、洗面所へ足を踏み入れた。
まあ、鍵が無くても入れるようにしただけで別に場所的に深い意味はないのかもしれないが、もしかしたら洗面所に何か隠してあって非常時にはそれを簡単に持ち出せるようにしてあるのかも・・・と思ったのだ。
だが、洗面所には特に隠し金庫も二重底の引き出しもなかった。
タオルの中にでも宝石を忍び込ませているのかとタオルも全部確認したが、何も入っていない。
「単なる非常時用の出入り口だったのか・・・?」
そう呟きながらもう一度部屋を見回し・・・ふと天井に目が行った。
固定化の術はかかっていないし、引き出しや金庫もないが・・・何か天井板の上に物があるのが視える。
「ネズミの巣とかは勘弁してくれよ?」
手を洗う台に足をかけ、天井板を持ち上げて周りを手で探った。
幸いにも、手に触れたのは汚いネズミの巣ではなく、中くらいの鞄だった。
中にあったのは男性用の着替えと、金、少数の宝石と身分証明書。
夜逃げ用の鞄だったようだ。
・・・一体この婿子爵はどれだけ捕まることに関して準備をしていたんだ??
それなのに自分の子供を子爵家の養子として押し込もうとして全てが露呈してしかも逃げ損ねるなんて、馬鹿すぎる。
ザルガ共和国の事務所は着の身着のままで逃げ出すことになった場合でも入れるように、自分だけが(と子爵は期待していただけでプロにはばれましたが)分かるように入りやすくしてありました。
これだけ用心深かったのに欲をかいて悪事がばれてあっさり軟禁されちゃうなんて、阿呆ですよね。