532 星暦555年 紫の月 10日 重要な確認作業だよね(4)
愛人宅の玄関に出てきた調査員の視点です。
>>サイド ???
横領や詐欺事件があった場合でも、商会や貴族は公にすることで悪評が立つことを恐れ、基本的に審議官を使わずに済まそうとすることが多い。
まあ、犯人が阿呆で役人にばれるようなことをやった場合は被害者が訴えを出さなくても審議官が鼻を突っ込んでくることになるが。
そこまで犯人が阿呆ではない場合、被害者が審議官に訴えないことで加害者は牢獄に入れられたり強制労働の刑に科されることは避けられるが、当然のことながら被害者側は被害額(と出来れば慰謝料も)を取り返そうとするので事件の実態を調べる必要はある。
そんな場合に使われるのがウチの様な調査会社だ。
離婚における資産調査は不倫調査に次いで多い依頼内容だな。
お蔭で調査会社に働く人間の独身率は非常に高い。
それなりに有能だったらボーナスを含めると高収入なんだが・・・仕事で見たことが脳裏にちらついて、結婚に踏み込もうという気が起きなくなるのがこの仕事の欠点だ。
まあ、それはさておき。
今回のようにそこそこ大きな商会の次男で子爵の婿養子という勝ち組の男が、実家の商会と婿入り先の子爵家と両方から横領の罪で調査されるというのは珍しいケースだ。
普通はそこそこ勝ち組な人間ってそこまで貪欲に人から金を毟り取ろうとしないことが多い。
実家まで敵に回した子爵(とその愛人)は別宅に軟禁され、俺と奥方側に雇われた調査会社とで愛人宅を調べているのだが・・・もうそろそろ財産のリストアップも終わるかと思っていた時に、玄関に人が現れた。
「奥方に隠し財産を探す依頼を請けた者です」
若い男が子爵夫人が発行したらしき依頼書を見せながら家の中に入ってきた。
ふむ。
既に夫人に雇われた調査会社の人間がいるのに、更に来たということは・・・裏ギルドの人間か?
夫人が調査会社の報告に満足していないらしいという話は聞いていたが、早速裏ギルドの人間を手配するなんて、貴族にも珍しい行動力だ。
こんな怖い奥方がいるのに子爵家だけでなく実家からも金を横領するなんて、子爵も馬鹿だな・・・。
そんなことを思いながら若い男の後をついていったら、そいつは建物の間取りを既に聞いているのか迷う様子も見せずに台所の横にある階段から地下のワインセラーへと進んでいた。
間取り図があっても普通はそう簡単に裏方の階段とかは見つけられないもんなんだけどなぁ。
まあ、盗賊ギルドの一員だとしたら隠れ場所を探すのには慣れているんだろう。
そう思いつつ後に続いたら、若い男はワインセラーに入り一瞬立ち止まったと思ったら左側の壁に進み、しゃがみ込んで何やら棚板を調べ始めた。
??
なんでその棚を調べるんだ?
隠し部屋とか隠し金庫というのは絵画や棚に隠されていることが多いが、絵画はまだしも棚の場合はどうしてもそれを動かす関係で床に跡がつくので場所が分かりやすい。
棚本体ではなく棚板だけが動く場合はそれなりに動かすための機構が必要になるから見れば分かるし。
この部屋の床にはどこにもそういった繰り返し動かされた傷跡は無かったし、棚板にもそれといった機構は無かったはずだが・・・何故か、その若い男が棚板の後ろを軽く触れたら、その棚板が前に動いた。
え???
思わずしゃがみ込んで覗いたら、確かに棚板を動かすための蝶番やバネがついている。
あれ??
なんで気が付かなかったんだ??
俺だけならまだしも、子爵夫人側の調査会社だって調べたはずなのに。
思わずあっけにとられて棚板を眺めている間に、盗賊ギルドの男(多分)はあっさり棚の後ろに隠されていた金庫を開けていた。
・・・早い。
もしかして、金庫を隠すだけで満足してカギをかけていなかったのか??
いや、いくら隠し金庫の一番の強みが場所が分からないことだと言っても、流石にそれを施錠しない馬鹿はいないだろう。
・・・盗賊ギルドのプロの腕って凄すぎる。
そんなことを考えていたら、金庫の中から取り出したものが目の前に突き出された。
「私が見つけたものは、そちらがリストアップして私から依頼主の方へ提出するという流れだと聞いているのだが、確認を願いたい」
そう言えばそうだった。
慌てて書類を調べ、概要と枚数を記録し、宝石の方も紙に詳細を記録していく。
根気よくそれを待っていた若い男は、明細の写しを受け取ったら無造作にそれと宝石や書類を鞄に放り込み、ワインセラーから出ていった。
帰るのか?
と思ったら、そのまま地上階の各部屋を歩き回り始めた。
殆どの部屋は入り口に立ち止まり、部屋を眺めるだけなのだが・・・あれで何か分かるのかね?
まあ、棚や食器棚の中は我々が既に調べているのだから中身を再度点検する必要はないとは言え、もう少し壁を叩いてみたり、隠れ引き出しを探したりしないのだろうか。
結局、この若い男が次に本格的に立ち止まったのは2階の書斎だった。
机の横に立って何やら考え込んでいると思ったら、おもむろに横の飾りを引っ張り、引き出しを中途半端に出して、下の板をぐいっと押した。
一応、家具や壁、床は全て叩いて回って怪しい空洞が無い事は確認していたのだが・・・何故か引き出しの上の部分が飛び出してきた。
マジ???
「こちらも確認してくれ」
渡された小冊はどうやら裏帳簿のようだ。
というか、既に裏帳簿は見つかっているのだが・・・更なる裏帳簿?
一体あの子爵はどれだけ隠し事をしていたんだ??
「裏帳簿は後で写しを頂きたいのだが」
裏帳簿から更なる金の流れが発覚することは多い。
なので『裏帳簿があった』という記録だけで済ますわけにはいかない。
中を精査する必要がある。
「ああ。2日程こちらで調査させてもらうが、その後は子爵夫人の方に提出するからあちらから受け取ってくれ」
あっさりと男が頷いた。
2日調べた後だったら、受け取った時点で既に俺たちが見つけられるものは無いんだろうなぁ・・・。
俺達の雇い主にしてみれば自分たちが雇った調査会社が見つけなくても、隠された資産が見つかりさえすれば横領された分は取り返せるが、俺達にとっては自分たちが見つけないことにはボーナスは出ない。
残念だ・・・。
そんなことを考えながら記録した小冊を返したら、既に隠れ引き出しを元に戻していた男は鞄に小冊を放り込んで書斎を出ていったので慌てて後に続く。
結局、半日足らずでこれらのほかに、子供部屋に隠されていた宝石と女主人のクロゼットにあった隠し金庫の中から金貨、そして主寝室のベッドに隠されていた宝石とが見つかった。
・・・絶対に、探す時間よりも記録に掛かった時間の方が長かった。
これだけ隠し場所があるというのも驚きだが、それがプロに掛かるとこんなにあっさり見つかるのだというのも驚愕の事実だった。
今まで、俺達だってプロの調査員なんだからもしもの時には盗賊としていつでも働けると密かに思っていたのだが、どうやら考えが全然甘すぎたらしい。
うむ。
安易に仕事を止めて裏社会で働こうなんて考えなくって良かった。
やっぱり人間、正直が一番だよな。
まあ、ウィル程腕のいい盗賊はプロの中でもそうそういないんですけどねw