531 星暦555年 紫の月 10日 重要な確認作業だよね(3)
「奥方に隠し財産を探す依頼を請けた者です」
ドアを開けた男にそう伝えながら、長に渡された奥方の依頼書を突き出して家の中に入る。
さて。
上から調べるか、下から調べるか。
流石に本人にとっての本邸扱いな愛人宅にある書斎スペースが地下の隠し部屋にあるとは考えづらいから、本命は地階か2階にあるであろう書斎か、主寝室だな。
・・・そう考えたら、下から探していくか。
本命を先に探しちまって、裏帳簿を見つけたからって気が緩んで他の物を見逃したら悔しい。
なんといっても4割の報酬だ。
石ころ一つ、見逃さないぜ!
ということで、台所の横にあった階段を下りて地下ワインセラーにまずは足を進めた。
玄関を開けた男が見張りの為か、後を付いてくる。
こいつは婿養子側の実家の商会から派遣された人間なのかな?
一応奥方の人間だったら俺に任せても良いはずだ。
・・・俺がネコババする危険もあるっちゃあ、あるが。
4割よりも全部の方が利益は大きいからな。
それはともかく。
愛人宅とは言え、当然のことながらこのサイズの邸宅ならば使用人がいたのだろう。
地下室と言ってもちゃんと空気を定期的に入れ替えてあるのか、特に黴臭くないし埃っぽくもない。
これだったら夏の暑い時期には涼みに来ても良い場所かもな。
地下室というと昔の経験から埃っぽくて黴臭い場所だという思い込みがあったのだが、ちゃんと手入れをしておくのなら涼しくて悪くないのかも。
まあ、ウチの場合は凍結庫の機能を流用した冷却機能のある魔道具を使っているので特に必要ないけど。
食料品のしまう場所としての半地下な貯蔵室は既にあるはずだし。
さて。
使用人がいないような家庭だったらワインのボトルに細工をして物を隠すことは定番ともいえるのだが、下手に使用人がいると勝手に(もしくは間違いで)ボトルを取り出される可能性があるのであまり隠し場所としては向いていない。
第一、酒だっていい銘柄の古い奴なんかはそれなりの資産価値があるので、既に奥方と商会の人間が確認しているだろう。
となると、あとは壁と棚を確認というところかな?
心眼で作り付けの棚とその後ろを確認し始めて・・・思わず目が丸くなった。
左の棚の後ろに隠し金庫がある。
マジかよ??
愛人宅にすら地下にこんな隠し金庫を作るなんて、この婿養子は一体どれだけ隠し事があったんだ?
隠し金庫がある場所の正面に立ち、金庫の開け方を調べる。
壁を覆っている棚は作り付けで、床に引きずったような跡もないから棚が動くということはなさそうだ。
だが、一々ワインのボトルを一本ずつ取り出して後ろの壁にアクセスするのでは面倒すぎるだろう。
どうなっているんだ?
壁の前にある棚板をよく視たら、ごく軽い否視の術がかけられている。
術を解析してみると・・・棚板の下に目がいかなくなるようになっているのか。
ふむ。
改めて棚板の下を視たら、何やらバネや蝶番のような物がついている。
どうやらこの棚板が前に回るようになっているらしい。
棚板の後ろに指を這わせて、フックを外し、そっと前に棚板を押したら静かに音もなく棚板の一部が水平に前へと開いた。
露わになった後の壁を軽くたたいたら板の覆いが開き・・・後ろには金庫があった。
ちょいちょいっと針金を鍵穴に突っ込んで解錠して開いたら、中には定番の宝石と、何やら書類が入っていた。
「私が見つけたものは、そちらがリストアップして私から依頼主の方へ提出するという流れだと聞いている。これらの確認を願いたい」
目を丸くして後ろから見ていた男に隠し金庫の中から出てきた物を見せる。
宝石は此奴に預けちゃっても良いんだけど、書類をアレクに確認してもらいたいから、全部持って帰っちまう方が話が単純だろう。
「そんなところに隠し金庫が・・・。
どうやって見つけたのです??」
宝石を手に取ろうともせず、男は隠し金庫とその前にあった棚を熱心に見つめていた。
おい。
こういうのはコツと才能があるんだよ。
素人がどれだけ頑張ったって見つけられないものは見つからないんだから、諦めてさっさと確認して記録してくれ。
まだ残りの家の中を探さなきゃならないんだ。
この男性も盗賊ギルドの一員ではないですが家探しはセミプロといって良い人物なんですけどね~。
だからこそあっという間に存在に気づいていなかった隠し金庫を見つけられて、あっけにとられています。