529 星暦555年 紫の月 10日 重要な確認作業だよね
「とある子爵の一人娘が10年ほど前にそこそこ大手の商会の次男と恋に落ち、そいつと結婚して婿養子にして家を継がせたのだが・・・。
奥方との間に子供が生まれなかったから従兄弟の息子を養子に迎えて跡継ぎにしようとしたところ、商会の有能な若いのを跡継ぎにしてはどうかと提案されてな。
奥方としては子爵家の血をひかない人間なんて冗談じゃないというところだったのだが、一応その『若いの』を調べさせたらなんと夫が自分と結婚する前から付き合っていた恋人との息子だったことが判明した。
しかもついでに婿養子の現子爵が商会を使って子爵家の財産の横領までしていたことが発覚してな。
当然奥方はブチ切れたわけだ。
ということで当然離婚という話になったのだが・・・今までどれだけ財産を横領されたかも分からないから、そちらを調べるのと並行して尻軽夫の財産を調べたいと依頼が来ている」
薄い笑いを浮かべながら長が依頼の説明を始めた。
おいおい。
『有能な若いの』って一体何歳なんだよ??
10年前の結婚の前から付き合っていた恋人の子って言っても、商会の次男だったら普通だったら恋人が妊娠したら結婚するだろ??
それを結婚せずに、子供は産ませ、愛人としてキープしたということは・・・貴族の婿養子にまんまと収まった後に自分の子を使おうと考えていたんじゃないか?
一体どのくらい前からその貴族の一人娘を狙っていたんだ??
怖すぎる・・・。
まあ、夫に裏切られていたことが判明して盗賊ギルドに財産調査を依頼する奥方もなかなか凄いが。
「貴族と商家の結婚だからな。
当然婚前契約は結ばれていた。
結婚時の各々の財産はそのまま各々の物。子爵家の財産を投資したり改善して増やしたものは奥方7割、旦那3割。子爵家の領地で商家の資金を使った投資だった場合は五分五分。
商家の資金で子爵家と全く関係ない投資で儲けた場合は旦那7割に奥方3割。
という契約なのだが、横領されて金額がぐちゃぐちゃなってしまったようでな。
横領という不正行為に手を出したからにはアファル王国の法律が優先適用されることになり、横領した資金やその不正な資金を投資して得た利益は全て子爵家の物になる。
だから調べつくして尻軽夫の財産を尻の毛まで毟り取れというのが奥方の希望だ」
尻の毛まで毟り取るんですか・・・。
コケにされた女の怒り程、恐ろしいものは無いと言うからなぁ。
「基本契約で見つかった分は既に報告してある。
奥方は今までの事業の収支や愛人に贈ったらしき宝石とかを鑑みると、もっとあるはずだと言っている。
追加で見つけた分に関しては見つかったのの4割を報酬として払うとのことだが、どうだ?」
へぇぇ。
愛人が持っている宝石の価値はまだしも、事業の収支とかから横領された財産の額が見当がつくなんて、奥方もなかなか事業に関する知識があるようだな。
まあ、単に『もっとあるはず!!!』という八つ当たりじみた意見の可能性もあるが。
う~ん、宝石を見つけるだけだったら別に難しくはないが、事業とか投資として資産を築き上げているんだったらアレクに裏帳簿を確認してもらった方が良いだろうなぁ。
だけど見つけたのの4割とは凄いね。
何も見つからなかったら『お疲れ様』で終わりそうだが。
まあ、何かは見つかるだろう。
「裏帳簿の確認とかをプロに任せるのは?」
長が肩を竦めた。
「通常だったら守秘義務があるから外部に相談するのはご法度だが、今回は横領や事業がかかわるからな。
勿論子爵家の事情を外に漏らすのは問題外だが、口の堅い相手に相談するのは許容範囲内だそうだ」
まあねぇ。
事業の一部として横領された金を探すのは盗賊ギルドだけじゃあ難しいからな。
そういう不正会計の調査は審議官や国税局の調査員の方が慣れているだろう。
だけどそういう正式な役人に依頼したら『子爵家の名前は表に出すな』なんて要求できない。
盗賊ギルドが知っている口の堅い事業に詳しい人間に相談するぐらいは許容するしかないのだろう。
「追加で見つけた分の4割が奥方からの報酬だとして、ギルドの取り分は?」
にやりと長が笑った。
「5分で負けておいてやるよ。
既に基本契約の方でそれなりに儲けているからな」
ふむ。
まあ、面白そうだからやってみるか。
久しぶりに国家間の争いとかヤバげな魔獣とかが関係しない、気軽な仕事ができそうだ。
こんな状況だと、奥方に子供が生まれなかったのもちょっと怪しいですよねぇ。
まあ、そんな酷い男との子供なんぞ出来なくて良かったという見方もありますが。