498 星暦554年 桃の月 17日 どうしようか?(5)
学院長の視点です。
>>>サイド アイシャルヌ・ハートネット
「学生が寮で寝ている間に魔石を充填させる、経費削減の魔道具はいかがですか?」
久しぶりに姿を現したウィルがゴザのような物を取り出して売り込みを始めた。
今まで開発中の新製品に関して意見を求めてきたついでに『買いませんか?』と言うことはあっても、露骨に売り込みに来たことはないのに・・・珍しい。
「魔石の充填とは、あまり聞かない魔道具だな。
寮で寝ている間に、ということは魔力を持つ人間を使うタイプなのか?」
ウィル達が魔術師や魔力を持つ人間から無理矢理魔力を抜き取るような魔道具を作るとは思わないが・・・魔力吸収は一歩間違えたら禁呪になりかねないぞ?
魔力は吸収しすぎたら最終的には命を吸収することになるのだから。
ウィルが小さく肩を竦めて手に持っていた物を机の上に置いた。
「大元は、北の方かどっかの嵐を収めるとかいう骨董品の魔道具なんです。
実際の所は精霊や人間や周辺の物から魔力を微妙に吸収する魔道具だったんですが、色々やって精霊の力は吸収しないように出来ました。
人間や魔道具から直接魔力を搾り取るということもしません。
お陰で効率はそれ程ではありませんが、垂れ流している余剰魔力を吸収して魔石にため込めるんで、魔術学院の寮で使えないかな~と思って」
ふむ。
周囲に放出された魔力を吸収するのか。
「どの程度充填出来るのだ?」
ため息をつきながらウィルが紅茶に手を伸ばした。
「寝ている間に吸収させて、一晩に魔石1~2個分と言うところですね。
魔術師だったら寝る前に使っていない魔力で魔石を充填して、魔力を寝て回復させる方が遙かに効率的です。
ただ、学生だったらまだ魔石への充填も習っていないか、それ程上手く出来ないかな~と思って。
寮のベッドの下に設置しておいたら1人当たり小型の魔石1個程度毎晩魔力を回収出来るとしたら、それなりに費用削減にならないかと思って」
なるほど。
危険では無い様だが・・・確かに魔術学院の寮以外ではあまり使えそうに無いな。
魔力を持つ人間は大抵は魔術師になっているから、自分で魔石の充填が出来る。
だとしたら態々金を払って充填用の魔道具を買う必要は無い。
「本当に余剰魔力だけで、直接魔力を吸収はしないのか?
子供が相手だと、大人と反応が違うこともあり得るぞ」
こちらは子供を預かって教育する立場にあるのだ。
下手な魔道具を使って子供に危害を及ぼすことなどがあってはならない。
紅茶を飲んでいたウィルの手が止った。
「子供だと反応が違うかも・・・というのは想定していませんでした。
試作品をお渡しするので、確認して貰えませんか?」
まあ、それが一番良いだろうな。
確かに生徒達が寝ている間に放出して無駄になっている魔力で魔石を充填出来れば、費用削減にははなる。
最近の生徒は贅沢だから、夏は教室に送風機を設置しないと直ぐに暑さでだらけるし、冬は暖房を与えないと風邪を引く。
「分かった。
1年ぐらい掛けて長期的な影響も見ていくが、何も悪影響がなかったら値段次第では購入を考えても良い」
ふぅっと大きく息を吐き出して、ウィルが別の箱を鞄から取り出した。
「あと、ちょっとこれを学生全員で試してみて良いですか?
吸収した魔力をスイッチとして使う事で、魔力がある子供を確認出来る魔道具にならないかと思ってこれを作ってみたんですが、実際にちゃんと魔力がある子供を全員発見できるか確認してみたいんで」
おいおい。
オマケのように言っているこちらの方がよっぽど重要だぞ。
「魔術師が起動させる必要が無い、魔力探知が出来る魔道具なのか?」
ウィルが魔道具を差し出しながら頷いた。
「そちらの右上のスイッチを押せば、起動します。
まあ、やたらと魔力を放出しまくっている人間が傍に立っていたりしたら誤作動するかもしれませんが、通常の場合は20秒程度持っていたら放出される魔力の吸収が安定するので魔力持ちだったらそのランプがつく、魔力無しならどれだけ持っていてもつかないという感じですね。
神殿教室に来ている子供達20人ぐらいに協力して貰って魔術師になれるぐらいの魔力が無いと100秒持っていても点灯しないように設定したんですが、今度はちゃんと魔力を持っている子供が手を当てたときに20秒で点灯するのかを確認したいんです」
受け取った魔道具を右手に持って眺めていたら、確かに20秒程度で正面にあるランプが点灯した。
1度スイッチを切り、外に放出する魔力を完全に抑えて起動してみたところ、今度はランプに反応が無かった。
「なんだ、こちらの方がよっぽど需要がある魔道具じゃないか。
魔術師を使わないでも正確に魔力持ちを見分けることが確認出来るのだったら、魔術院か王宮かどちらが購入者になるか知らないがもの凄い数が売れるぞ?」
ウィルが目を丸くした。
「え・・・そうですか?
年に1度の魔力検査が楽になるという事で魔術院が買ってくれるかな~と期待はしましたが、数はあまり売れませんよね??」
「まあ、確かに年に1度しか使わないと言うことで地方の町や村で回して使えばそれ程数は必要ないかも知れないが・・・。
子供というのは決まった年になったら確実に才能が開花する訳では無いのだ。
ただ、検査に回れる魔術師の数が限られているから開花し始める年齢から成人するまでの間に最低でも1度は検査するよう何とか魔術院で人をやりくりしているだけなんだ。
幼い頃に検査してその時点で才能が開花していなかったから発見されず、成人してから魔力が暴走するケースは今でも何年かに1度は起きている。
せめて代官がいる程度の地方の町全てにこれを配付して、近隣の子供達を10歳から成人まで毎年検査出来るようになったら漏れが確実に減るだろうし、魔術院の人繰りの苦労がずっと減る。
それなりの数は必要になるぞ~」
とは言え、数が必要になる分製造の方は魔術院か国の息が掛った大手工房にがっつり値引きして大量生産させ、特許料も『国のため』ということで必要最小限に抑えるよう圧力が掛るだろうが。
「・・・そうですか。
まあ、売れるなら良かった。
取り敢えず、正確性を確認する為に魔術学院の生徒全員で試してみたいんですが、良いですか?」
クッキーに手を伸ばしながらウィルが尋ねた。
なんだ。
バカ売れすると教えてやったのにイマイチ感動が無いなぁ。
「取り敢えず、本当に魔術師以外で使えるか確認した方が良いだろうから事務員に試させよう。
明日からでも取りかからせるから、もういくつか試作品を持ってきなさい」
これで地方での魔力持ちの子供達の取りこぼしがなくなってくれるとしたら、本当にありがたいぞ。
さて。
魔術院に話を通しておくか、それとも王宮に持っていくべきか。
どちらが確実かな?
ウィルは地理が苦手なので、沢山と言われてもせいぜい20個程度売れるかな~と思っているのであまり感激してません。
学院長は何百個もで国中を虱潰しにカバーすることを考えているので、かなり2人の間に温度差がw