489 星暦554年 橙の月 21日 相談?
下町の孤児で魔力テストでウィルに発見されて魔術学院に入ることになったアルヌ君の視点です。
>>>サイド アルヌ・ファーナム
「よう、久しぶり」
午前中の授業が終わった後、先生に言われて行った会議室で待っていたのは魔力テストの時に会った魔術師のウィル・ダントール氏だった。
入学後も時折彼が魔術学院に寄った際に『よっ』という感じで手を振られたことはあったものの、考えてみたらちゃんと会って話をするのは入学以来初めてかも知れない。
「お久しぶりです。
何かあったんですか?」
もしかして暗殺ギルドの方で問題でもあったのだろうか?
ギルドの副長とは『父の知り合いだった小父さん』という形で今でも時折休みの時なんかに食事を奢って貰ったりしているのだが、問題があった場合には直接自分の方に連絡を取りにくいかも知れない。
ウィル氏はちょっと気まずげに頭を掻きながら笑った。
「俺ってアルヌのスポンサーなのに、今年は色々と忙しくって全然会えなかっただろ?
やっと落ち着いてきたんで、1度ちゃんと会って話をした方が良いかな~と思って」
そういえば、この人がスポンサーなんだっけ?
去年の暮れに会った時には『何か問題があったら相談にのるから連絡をくれ』と言われたが、『暫く船で航海に出ている』とも聞いていたので入学後の一番落ち着かない時期には相談が出来ず、帰ってきているはず、と言われた頃には特に相談したいことも無かったから忘れていた。
「入学して直ぐの時はちょっと戸惑いましたが、今では友人も出来ましたし特に問題は無いですね」
と言うか、問題があったら先生か寮長に相談しているから態々魔術学院の外にいるこの人に連絡を取るほどの事って無いし。
何やら箱を取り出して差し出しながらウィル氏が頷いた。
「流石に大問題が起きていたら学院長からもっと早くに連絡が来たと思うし、大抵のことは先生や周りの人間に相談すれば何とかなるから、そんなこったろうとは思っていたけど・・・。予想通り問題が無いようで良かった。
これはシャルロが一押しする焼き菓子だ。
寮なり教室でなり、皆で食べてくれ。
食い物の恩っつうのは中々使えるぜ?」
なるほど。
人間関係を潤滑にするためにはこういうのも役に立つのか。
奨学金で生活しているのであまり焼き菓子など買う余裕は無いから、こういうのを差し入れしてくれるならスポンサーというのも役に立つかも知れない。
「ウィル先輩って魔道具の開発をしているんですよね?
それって魔術学院に居た頃からそうなろうと思っていたんですか?」
学院の外で働いている魔術師と話す機会なんて殆ど無いので、この際ついでに聞いておくことにした。
今は良いが、卒業した後に自分がどうすれば良いのか、ちょっと不安ではあるのだ。
ウィル氏が首を横に振った。
「まさか。
学院に居た頃は、習ったことをどう利用したら金稼ぎが出来るのかに注意が行き過ぎていて、中長期的に自分が何をしたいかとかをちゃんとは考えていなかったな。
下町出身だったから金に対する執着と不安が人一倍強かったんだと思うが、考えてみたら下町の基準だったら魔術学院を卒業して一人前の魔術師になったら、魔術院の依頼を適当にこなすだけでも食ってはいける。
だからあまり金のことに執着するんでは無く、自分が何が得意か、何が好きかに注意を払う方が良いと思うぜ」
ふうん?
下町に暮していた頃は、魔術師といえば漠然と『成功者』とか『金持ち』と考えていたのだが、いざ魔術学院に入学してみたら自分が学んでいることがどう自分が以前抱いていた魔術師像に繋がるのか分からなくってちょっと不安だったんだが。
あまり考えなくても、下町で一般的な市民が稼げる程度は特に問題無いのか。
「ちなみに、魔術学院を卒業した魔術師ってどんな風に働いていくんですか?」
ウィル氏が椅子を後ろに傾けて考え込んだ。
「う~ん。
3年目になったら授業で色んな職業に就いている卒業生が来て色々話をしてくれるんだが、魔術業界の外から来たお前さんにとってはもう少し早くから考えておかないと落ち着かないか。
まあ、一番何も考えないでも就職できて金も稼げるのは軍に入ることだろうな。
勿論、入隊した後は流石に何も考えない訳にはいかないが。
少なくとも入隊その物は余程救いよう無く成績が悪いとか、人格的に問題があるとか、血を見たら気絶するとか言うんじゃ無い限り、問題無いだろう。
というか、人格に問題があって軍から断られるような場合は卒業させて貰えないで魔力を封じられる可能性が高いし。
次に安定的なのはどこかの商会に専属魔術師として雇われることだな。
それこそ、アレクのシェフィート商会で去年暫く下働きしていたんだから、シェフィート商会あたりに声を掛けたら雇って貰えるんじゃないか?
軍や専属魔術師のような人に言われて仕事をするだけでは退屈で、自分で独り立ちしたいと言うんだったらどこかに魔術師のところで見習いみたいな感じに2、3年働いて独立した魔術師がどういう風に仕事をして行くのか習っていくと良いんじゃないかな?
どこにも弟子入りせずに魔術院の依頼を請けて細々と食っていくというのも可能だが、やはり魔術学院だけでは教えきれないこともあるからな。
どっかで下積み経験を積んでおく方が無難だと思うぞ」
ふむ。
軍が一番簡単、次に無難なのがどっかの商会の専属魔術師になること、後は独り立ちするのもあり、と。
「ちなみに、ウィル先輩がやっている魔道具の開発は?」
中々面白そうだし、噂ではウィル氏達はかなり上手く成功しているみたいだけど。
ウィル氏がちょっと顔をしかめた。
「あ~。
俺が卒業して開業した時はあまり何も考えてなかったんだが・・・今回ちょっと同期が巻き込まれた騒動があってな。それを見てみると俺が成功したのは運と状況が良かったからというのが大きいと実感した。
基本的に、魔道具の開発をした場合はそれを何らかの手段でそれなりに売らないと稼げないだろう?
そうなると商会とのコネがあり、交渉力があり、しかも納税額の計算に必要な帳簿とかの記録を付ける技能が無いと魔道具の開発で独り立ちするのって難しいと思うぜ。
俺の場合は3人で一緒に事業を立ち上げて、そういう難しい部分はアレクが請け負ってくれたから上手くいったんだ。
幾ら新しい魔道具を開発する才能があっても、事業関連のノウハウが無いと行き詰まる可能性がそこそこ高いみたいだから、真似をしたいんだったら良いパートナーを見つけておくんだな」
うへぇ~。
納税額の計算???
そんなことをしなくちゃならないの???
・・・だったら軍に入ろうかなぁ。
それだったら給料を貰うだけで済むんだよね??
そんなことを考えているのが顔に出ていたのか、ウィル氏が小さく笑ってこちらの額を小突いた。
「そういう帳簿とかギルドの相談窓口の話とかは魔術院の授業でこれから教わることになるらしいから、しっかり注意を払っておくんだな。
面倒になって軍なりどっかの商会から給料を貰う生活を選ぶのも良いが、何が面白いか、何に自分が才能があるか、学院にいる間に良く見極めておけよ?
何事もやり直しって大変らしいからな。
安易に選んで後で後悔するのは勿体ないぞ」
ふ~ん。
スポンサーで有ることすら半ば忘れていたけど、中々良いこと言うじゃん。
だけど。
「・・・歴史も重要なんですか」
あの授業だけは必要性が理解出来ない!!
すっぱいレモンでも噛んだかのようにウィル氏が渋い顔をした。
「あ~。
俺も歴史は苦手だったが・・・まあ、歴史は色々な一般常識とか規制の背景にある土台みたいなものだから、知っておいて損は無い・・・らしい。
どちらにせよ、落第すると補習を受けることになるから頑張るんだな」
何かなぁ。
歴史の授業の必要性が納得できない。
でもまあ、確かに補習は嫌だから真面目に頑張ることにしよう。
アルヌ君はシェフィート商会で見習いモドキな感じで働いている間に言葉使いとかを習ったのでウィルに丁寧語で話すようになってます。
中身はそれなりにシビアだけどw