481 星暦554年 黄の月 28日 明朗会計は大切です(6)
学院長の視点からの話になります。
>>>サイド アイシャルヌ・ハートネット
「魔術院の役割と会計・税法の授業をやりたい??
私の3年前の会計授業用の予算申請を却下したのはバズールだろうが。
今更何を言っているんだ?」
思わず、目の前の老人に聞き返してしまった。
若い魔術師が独り立ちした時に必要となる初歩的な会計関係の事を教えるために外部から人を雇う予算を申請したら、目の前の総務担当の長老役に『必要ない』と却下されたのはつい3年前の事だ。
それが向こうからやらしてくれと言ってくるとは一体何が起きたんだ??
バズールが苦いため息を零した。
「魔術院の総務課に居る若いのの同期が税金の支払で資金繰りに失敗して、ちょっと悪質な貸金業者に引っかかって危ないところになったらしい。
お主の愛弟子のウィルとやらがそれに居合わせて、結局あのシェフィート商会の息子が帳簿を整理して借金や税金の話は整理したとのことだが・・・。
後でウチの若いのが、お主の愛弟子に『魔術院ってギルドだったんだ?魔術師用の相談窓口があるとか資金繰りの問題があるときに助ける制度があるなんて知らなかった』と言われたらしい。
それで同期の人間に聞いて回ったらどうも魔術院が魔術師の互助団体だと知らなかった人数が思っていたよりも多かったのに慌てて、ざっと王都に居る若い魔術師にアンケートを取ったと報告してきた」
総務課でウィルの同期と言えば、アンディか。
まめだからな、あいつは。
しっかし。魔術院がギルドだと知らなかったって・・・。
魔術院の様な組織に対する不信感の強いウィルはまだしも、他の若いのまで知らなかったというのはちょっと驚きだ。
一応卒業前には魔術院から担当が来て魔術院の話をしているはずなのだが。
「なんと、若い魔術師の4割が魔術院がギルドとして互助団体の役割を果たしていると知らなかったそうだ。
しかも相談窓口があることを知らない人間は7割。
ちょっと不味いんじゃ無いかと報告されてこちらも頭を抱えた訳だ」
アンディは魔術師の家系出身だから、当然魔術院が何かは知っている。
だが、考えてみたら家族に魔術師がいるか、魔術師に弟子入りでもしていない限り、あまり魔術院に関しては知らないのかも知れない。
そして最近は徒弟制度はかなり例外的な扱いになってきている。
一応最終学年になって生徒が就職先を探す時期に魔術院から人が来て色々と説明する講義を開いているのだが・・・あまり話を聞いていないようだな。
既に就職先が決まっている人間はあの授業は出席しない事が多いし。
「儂らの世代は基本的に徒弟制度で魔術師になっていた。弟子入りするつもりが無い貴族や大手商会の家の者が例外的に魔術学院で学んでいただけだったから、魔術学院でも特に魔術院の役割なんてものを教える必要は無かった。
だが考えてみたらここ数十年で魔術師の育成制度が変わってきた。なのに魔術院に関する教育を魔術学院でちゃんとやってこなかったのは失敗だったと気が付いたわけじゃ」
バズールがため息をつきながら付け加えた。
「ただまあ、急に魔術院のことを教えると言っても人材と予算の問題もあるのでな。
この際、魔術院で扱っている初心者用会計の授業を魔術学院でやることにして、その際に魔術院に関する常識も教えていこうと言うことになったんじゃ」
なるほど。
魔術学院の予算のことでぶつかる度に、何だって魔術院の長老達はああも頭が固いのかと思っていたが、彼らには時代が徒弟制度から変わっているという実感が無かったのか。
魔術師からの寄付で設立した奨学金や、生徒から受け取る授業料もあるが、魔術学院の予算のかなりの部分は魔術院と国がになっている。
お陰で魔術院が強く反対したら思うように授業を組めなかったのだが、やっと現実と向かってくれたのは助かる。
「徒弟制度が魔術学院と切り替わったのはここ数年の話では無いぞ。
中堅どころの魔術師にも、魔術院の役割のことを教えておく方が良いのではないか?」
魔術師というのは自分の興味があることに没頭することを美徳と考える傾向が強い。
確かにその方が研究などは進むだろうが・・・誰かがたたき込まなければ一般常識的な情報が時間の経過と共に勝手に吸収されるなんてことはまず無いぞ。
バズールがため息をついて頷いた。
「確かにな。
次の総会の知らせに、若いのに使ったアンケートを添付させておこう」
しっかし。
これで中堅以上の魔術師が魔術院の役割を知らないなんてことが判明したらどうするのかね?
総会で研修会でも開くのか?
何とも間抜けな話だな・・・。
「あと、後日軍部から連絡が来ると思うが軍部も新しく一つ授業を受け持ちたいらしい」
バズールがお茶の入ったカップを手に取りながら付け加えた。
「はぁ?」
何故軍部の話が出てくる??
バズールが肩を竦めた。
「魔術学院で会計を教えさせなかったのは、予算的制約もあるが・・・独り立ちした若い魔術師が資金繰りに失敗して軍部に入隊する羽目になるのが都合良かったというのもあるんじゃ」
「資金繰りに失敗するのを分かっていて態と放置していたというのか??
そんなことだから『互助団体だと知らなかった』なんて言われるんだ」
思わずバズールを睨み付けた。
「そうは言ってもな。
アファル王国にとって、軍部に魔術師が必要なのも事実なんじゃ。
そして軍部に入りたがるような魔術師が少ないのも現実じゃろうが。
魔術師に無理強いできないのだったら、ちょっと考え無しの若いのが軍に入ってくれたらセーフティネットの代わりになるし、一石二鳥だというのが我々の考えでもあったんじゃ。
だがまあ、流石に相談窓口の存在を7割が知らないというのはちょっと想定以上な状況なので放置は出来ないという結論になった訳だが・・・」
ため息をつきながらバズールがお茶を飲み干した。
「無知からドツボに嵌まる人間が減ったら、最終手段として軍に入る魔術師も減るという訳か」
バズールが肩を竦めた。
「後から文句を言われても面倒だからな。
国の方に一応こういうことをするぞと話だけしたら、向こうにも鋭いのが居たらしくて、直ぐに影響を察したようじゃ。
軍で必要とされる魔術師の働きについての実習も含めた授業を行うことでもう少し親近感を生み出し、ついでに使えそうなのを誘えるよう、授業をしたいと言ってきた。
向こうが講師代やその他の予算を負担すると言っているので、構わんだろう?」
まあ、確かに軍部に魔術師は必要ではある。
自発的に魔術師が入隊しない場合は、最悪魔術院が若いのに指名依頼を出すことになるので、それよりは魔術学院の授業を通して相性が良さそうなのを見つけて貰って上手い具合に勧誘するという流れの方が全員にとって幸せなことになるか。
良いことなのだろうが・・・2つも授業が増えるのか。
時間割のやりくりが大変そうだ・・・。
一応、魔術学院の最終年度の終わりの時期にOB訪問的な感じで魔術院の役割とかについ人が来て説明する講義があるんですが、就職用の講義の一環なので出席は必須では無かったんですね。
ちょっとその点に関しては学院長もうっかりだったかもw