048 星暦550年 青の月 18日 ブランコ・テスト
学院に来る前は、体のコントロールを『一流』と盗賊ギルドの長にも言わしめた。
・・・魔術を使ったら誰でも同じことが出来ると思うと、ちょっと面白くないかも。
学院祭前になると体育館での運動部の練習が中止になり、代わりに交代で各寮が練習に使えるようになる。
魔術師の卵の集まりだ。それなりに情報戦にも熱心にやっているので警戒体制は笑えるぐらいに万全だった。
「・・・何もここまで何重にも結界を張る必要ないんじゃない?」
視覚、聴覚、魔術の知覚、全てを防ぐための結界が体育館には3重にも張られていた。
「いやいや、去年のダレンの女装は衝撃だったからね。
今年こそは出し抜かれまいと、他の寮の情報収集班のやつらの熱意は凄いぞ」
独り言のつもりだったのだが後ろから入ってきたダンカンが返してきた。
へぇ。
去年は『雪の姫君の魔法剣士』をやることはばれていたが、コメディー路線だとは気づかれていなかったらしい。
別にその情報が漏れていたからと言って学院の生徒が他の寮の出しモノをパクるとは思いにくいけど。
だが、他の寮が何をやるのか知っていれば違いを強調して自分のところの出しモノの良さをより効果的に演出することが出来る。
だから情報戦に情熱を注ぐらしい。
俺だったらケーキを大量に買ってきて、夕食前にでも大食いなアンディあたりを買収するんだけどな。(笑)
天井からはロープでブランコが2つ吊るされていた。
その周辺には衝撃緩和の結界が今度は5重にも張られている。
「さて、高所恐怖症じゃない者は皆、そのブランコに捕まって、体を振ってくれ。
上手に振れば勢いをつけてブランコを揺らすことが出来る。
ブランコの上のベルが鳴る高さ以上で向こう側に向かって手を離したら、必ず向こう側のブランコに手が届くように術がかかっている。
出来るかどうか、試してくれ。
ブランコが一番華やかで、かつ難しいからな。
これがダメな者は綱渡りやトランポリンを試してもらう。
見ればわかると思うが、ブランコには意図しないタイミングでは手が離れないように術がかかっているし、どんな状況で落ちようとこの体育館の中では怪我は負えないように入念に結界が張ってあるので、心配せずにやってくれ」
ダンカンが集まった寮生に向かって説明に声を上げる。
ブランコねぇ。
やったことは無いが・・・ロープで移動するのとあまり違いはないだろう。
つうか、練習するか、魔術を使えば誰でも出来るんじゃないか?
ま、やらなきゃいけない役割はかなり沢山あるから、最初にコツをつかめる奴から役を振り分けていく方が楽か。
最初に挑戦したのは、ダレンだった。
魔術でブランコまで浮き上がり、ブランコをつかんだ後に足を何度か振る。
あっという間にブランコが弧を描き始めた。
確か、本物のショーでは5回ぐらい勢いをつける為に振って飛んでいたが・・・と思いながら見ていたら、あっさり3回で飛んでいた。
簡単そうにやってくれるねぇ。
2番目に挑戦したアルラン・ダトスは暫く足を振ってブランコを動かそうと努力していたが、中々うまくいかなかった。
「やっぱり難しそうだね・・・」
シャルロが悪戦苦闘しているアルランを見ながら呟く。
「でもないかも?」
一度動きを止め、魔術で自分を勢いよく動かしたアルランを見ながらアレクが答えた。
「なるほど、そう言う手もありか」
うっかり自分をぶっ飛ばしちまったらお笑いだが、コントロールにある程度の自信があれば魔術を使う方が大抵の生徒にとっては簡単かもしれない。
一度勢いが付いたら弧を大きくするのは簡単らしく、動き始めたアルランもあっさり高くまで上がり、ジャンプしていた。
その後を続々と寮生が挑戦していく。
大抵の生徒が、最初は自分の筋力で動こうとジタバタするのだが、諦めて最後には魔術を使ってた。
何人かは本当に自分をぶっ飛ばしていたのが笑えた。
ちなみに、意外と女子生徒の方がうまく体を動かしている様子だった。
筋力は男性の方があるのだが、女性の方がリズム感はいいのかもしれない。
「次、行きま~す!」
シャルロの声が響いた。
お。
あいつの番か。
あいつって言動の印象と違って運動神経そのものは悪くないんだよな。
のんびりしすぎているからボール競技は向いていないが。
あっさり何度か足を振ったらちゃんとブランコを動かすことに成功していた。
想定内とは言え、やっぱり意外~。
シャルロが無事隣のブランコへジャンプした後、今度は俺の番だった。
ブランコへ上がる。
ぶら下がった状態から、腹筋を使って逆上がりの要領でブランコの上に上った。
・・・つうか、最初に上がる時からこの姿勢をとりゃあよかった。
皆が態々ぶら下がるから、つられてぶら下がった状態から始めちまったよ。
だらんと腕だけでぶら下がっている状態で足を振って勢いをつけるのはそれなりに難しいが、ウエストの部分でブランコのバーに乗っている体勢で足を振るのは簡単だ。
2、3度振ったらそれなりに勢いがついたのでブランコから勢いよく体をおろし、そのまま遠心力を利用して体をひねり、隣のブランコへ飛ぶ。
うっしゃ。
術のお陰で何もしなくても勝手に手がブランコへ吸いつけられた。
・・・ちょっとこの感触、微妙かも。
そのまま足を振って勢いをつけ、『絹の踊り』のショーでやっている派手なジャンプをした。
後方に回転しながら足を抱え込んで宙返りをし、最後に足を延ばして更に1回転して着地。
高い場所にいるから色々回転を加えられるんだよね。
衝撃緩和の術が掛けてあるから痛くないし。
『絹の踊り』は魔術を使わないことを売りにしているが、安全用の結界を実はとても上手に使っているんだよねぇ。
あの高さから衝撃緩和の結界なしに飛び降りたら、どんなに慣れた人間でも骨折だ。
だけど『悲劇を防ぐため』に衝撃緩和の結界を張るのは観客の心の中では魔術として数えられていない。
良いところに目をつけたよね、あの団長。
俺が着地したら、わっと周りから歓声が上がった。
「お見事!!」
アレクが俺の肩をたたいた。
「で、お前は?」
「高所恐怖症」
との返事だった。
おりょ?
そうだったんだ。
「裏方に徹するつもりかい?お前らしくないね。もっと活躍できる演目を主張すればよかったのに」
アレクがにやりと笑った。
「『絹の踊り』にはちょっとしたコネがあるんだよ。
だから団長にパクリの許可を貰うついでに団員に演出監督をして貰うのに合意してもらおうと思ってね」
そんな楽しいコネがあるなんて!
だったらチケットを安く都合してくれれば良かったのに。
友達甲斐の無い奴だ。
夕食を食べて、落ち着いてから書き始めるせいか大抵推敲している間に非常に眠くなります・・・。
誤字・脱字があったら是非ご指摘ください。