472 星暦554年 黄の月 6日 転移箱(5)
「立入検査に入る」
港湾部の役人が先頭を切って船に乗り、足止めに対する抗議をしようと早速食らいついてきた甲板長に対応し始めた。
その間に俺と軍部の男(とその他諸々の手伝い)がさっさと最下部へと向かう。
別に上から始めても下から始めても良いのだが、色々試してみた結果、上から始める方が船長の苦情に付き合わされる時間が長くなる傾向が高いので、下から始めることに落ち着いたのだ。
船長も下の臭くて汚い貨物部屋や修理用具置き場には必要が無い限り立ち入りたくないらしく、俺達が来るまで大人しく船長室で待っているので邪魔されずに調べられる。上に何も無ければチェックした後に『もう出港して良いぞ。これが出港許可書だ』と許可書を渡せばさっさと出て行けとばかりに話が打ち切りになるし、怪しげな隠し書類が出てきた場合は後ろから付いてきている助っ人達が船長とじっくり話し合うことになるので俺達はさっさと次の船に向かえる。
やっと30隻目だ。
もうすぐ日が暮れそうだから、今日中に終わるのは・・・難しいか?
でもまあ、終わりそうだから徹夜してでも終わらせちまうことになるかもだが。
明日の朝は早朝に出航に都合の良い潮の流れになるらしく、調査が終わった船が1隻ずつ消えていくのを見て残りの船の船長から『朝までに調査を終えてくれ』と矢のようなせっつきが来ている。
俺の睡眠時間は・・・?
まあ、それはさておき。
修理道具やあまり重要性の無い貨物が入っている最下部にはほぼ間違いなく魔道具はないので、心眼で確認するのも直ぐ終わる。
こんな最下部に書類を読めるような士官連中が降りてきていたら怪しまれる。なのでヤバい書類の隠し場所もこんな所にはほぼないから隠し場所の検索もおざなりだ。
ただまあ、それなりに距離があっても確認出来るって軍部にばれると色々と便利に使われそうなので、一応一番下まで降りて順に歩きながら確認しているが。
「おや?」
意外な事に、この船は最下部に魔道具が置いてあった。
というか、最下部の外壁に魔道具が設置してあるタイプだった。
かなり大きいので明らかに探している転移箱では無いが、一応その中に隠れていないか確認する為に近づいて蓋を開けてみた。
「・・・本当に、随分と簡単に開くんだな」
ちょちょいと針金で鍵を開けた俺に軍部の男が呆れたように呟いた。
「金庫みたいに防犯が重要なタイプの魔道具ならまだしも、一般的な魔道具を作る人間なんて防犯とはあまり縁が無いからな。鍵を付けると言っても『素人が通りがかりに気軽に開けて覗き込めない』といった程度の物しかつけてないんだよ」
最初は軍部の男が鍵開けも出来るというので任せていたのだが、あまりにも時間が掛りすぎるので俺がやるようになったのだが・・・もう少し、こいつらも訓練をした方が良いんじゃないか??
盗賊ギルドの見習いでももっと素早く鍵を開けられるぜ?
まあ、若いくせに既に中の上ぐらいの役職であるっぽい言動を偶に漏らしていたから、こいつも実は良いウチのお坊ちゃんで鍵開けとか人殺しみたいな汚れ仕事にはあまり縁がないのかもな。
魔道具は、蓋を開けてみたらかなり大がかりな魔術回路があったが別の魔道具が隙間に隠されては無かった。
「これは何の魔道具だ?」
軍部の男が聞いてきたので少し集中して魔術回路を確認する。
俺達の屋敷船や小型船用の推進魔道具を作る為に色々と海運関係の魔術回路を調べたのでどれかに一致すると思うのだが・・・。
そこそこ大きな魔石も使っているし、船底にあるから可能性としては数種類しかない。
「ふむ。
船の外側の水の抵抗を軽減しつつ安定性は損なわないようにする魔道具だな。
ちょっと古いタイプだが、かなりの出力を出せる魔石を使っているからそれなりに船が速くなると思うぜ」
船を速くするには水の抵抗を減らすか、帆を増やして出力を増やすかの2通りの方法がある。
だが、あまり帆を増やしすぎても下手したらマストが折れたりするのでそれなりに工夫が必要になる。
その点、水の抵抗を減らせば同じ帆のサイズでも早く進めるようになる。
減らすためには細くてあまり荷物が積めない形にするか、これみたいに魔道具を使う必要があるが。
安定性は・・・海が荒れていても動きやすいようにかね?
軍の伝令船とかに良く使われるタイプの魔道具だと魔術院の資料には書いてあったが・・・。
普通の商船でこれ程の魔石を使う魔道具を設置してちゃんと儲けが出るのかね?
余程実入りの良い商品を売買する伝手でもあるのだろうか。
取り敢えず、ここに問題は無かったので魔道具の蓋を閉めて鍵を掛け、殆ど梯子と言いたいような階段へ戻る。
中々この船の持ち主は金持ちで新しい物好きらしく、甲板前方にあった小部屋には俺達の開発した真水抽出の魔道具も設置されていた。
「あれ?
これってもう一般に売り出されているのか?
軍を優先して納品しているからあまり一般には出回っていないと聞いたと思っていたんだけど」
流石に俺達の開発した魔道具なので部屋に覗き込まなくても何の魔道具があるのかは分かっていたが、どういう使い方をしているのか興味があったので部屋を覗き込みながら、軍部の男に話しかけた。
どうやらこの部屋で海から水を汲みあげて真水を抽出しているらしい。
特にパイプとかは設置されていないので、俺達の屋敷船ほどは大がかりに真水を使うつもりは無いらしい。
まあ、船を造る段階でならまだしも、出来上がった船の内部に水道のパイプを通すのは難しいよな。
第一、こういう船なら下働きが沢山居るだろうから、士官(というのかね、民間の船でも?)の洗顔とかに水が必要だったら下働きがここから水を持って行くのだろう。
「・・・一般への販売を禁じている訳では無いから手に入らない事はないだろうが・・・まだ品薄だからそれなりに金を積んだんだろうな」
顎の辺を撫でながら軍部の男が答えた。
どうも、こいつは何か考え込むことがあると顎の辺を撫でる癖があるようなのだが、真水抽出魔道具を持っていると何か怪しいことがあるのかね?
最下部にあった魔道具の魔石の使用に掛る費用を考えたら、幾ら品薄で割高とは言ってもこの真水抽出魔道具の値段なんてたかが知れている。
これ程魔道具が好きな船主なら持っていても不思議はないと思うが。
とは言え。
それ程金になるような積荷が貨物室には無かった事を考えるとちょっと怪しいかもだよな。
経済性を考えると、これだけの魔道具を使ってあの程度の積荷しか扱っていなかったら破産するはずだ。
破産せずにそれなりにやっていけると言うことは・・・他に資金源があるのかも?
例えば政府とか。
もしくは海賊か?
海賊でこれ程の魔道具を使えるとしたら、余程阿漕なことをやって儲けているんだろうな。
まあ、がっつり利益が出る積荷を王都に持ち込んで、帰りは空荷にならないように適当に商品を買いあさっただけなのかもしれないが。
さて。
甲板から上の部屋に取りかかってさっさと終わらせよう。
捜査がまだ続いてます。