470 星暦554年 黄の月 5日 転移箱(3)
学院長の視点が続いてます。
>>>サイド アイシャルヌ・ハートネット
「ウィルにその盗まれた試作品と魔術回路を見つける依頼を請けてもらうか否か、またウィルが請けたとしてそれを見つけられるか否かは別として。
まずは私の相談で持ち込んだ愛弟子のアイディアを勝手に横流しされたことに関する補償を要求させて貰いましょうか」
ウィルの依頼の話は別にまた本人が請けたければ金で解決すれば良いことだ。
請けたくなければ請けなければ良いだろうし。
今更盗まれた試作品が見つかる可能性は低いと思うがな。
どうせどれだけ頑張ったところで、魔道具が出来あがって使われ始めたらその情報と魔道具そのものがそれなりに他国にも流れていくのだ。
必死になって盗まれた物を取り返そうとしても、費用に対する便益は限られているだろう。
それよりは特級魔術師の顔を潰したと言うことでがっつりお灸を据えて置く方が良い。
「そうですね・・・。
今まで登録された魔術回路で一番人気があった物の特許料を丸々、私とウィル達に払って貰いましょうか。
半分は学院への寄付、残りの半分はウィル達に払うと言うことで。
一括払いでも、実際の特許料に見習って50年分割でもどちらでも構いません。
払うのも、情報を流した本人に払わせても、組織全体に責任があると言うことで魔術院と軍部と外務省に払わせても構わないので、そこら辺のさじ加減は殿下に任せます」
この際、殿下にちゃんと説明せずに安易に泣き付いた奴から搾り取れるだけ搾り取ることを私としては勧めるが。
その位やらなければ、これからも王太子を組み易しと安易に泣き付く人間が出てくるだろう。
「ふむ。
まあ、外務省がこれだけ欲しがる魔道具だ。
確かに発明して特許権が取れればそれなりの収入になった可能性は高いな。
今までで一番人気があった特許と同等なほどに成功したかは知らぬが、罰金の目安としては良いだろう」
王太子が同意して頷いた。
「もしも魔術院が登録された魔術回路の特許料の一覧表が無い為に一番人気があったものが幾らになるか分からないと抜かしたら、情報管理がなっていないと叱咤して最低でも過去50年分の特許料を精査させて下さい。
私が抜き打ち検査をして、あやつらがしっかり調べているか確認しておきます」
どのような魔術回路に需要があるか、調べて記録を取っておくのは魔術院としてやっておいて当然な管理だろう。
もしもやっていなかったとしたらこれを機会に始めれば良いのだ。
王太子が頷いた。
「特許に関するアイディアの情報漏洩は中々頭の痛い問題だからな。
丁度良いから見せしめになって貰おう。
横流しを提案した部署の責任者とその地位を引き継いだ人間は50年間この支払を続けるよう言いつけておく。
実際に横流しを頼み込んだ人間と実行した人間も、首にはせずに50年間破産しない程度に金を搾り取るようにしておこう」
おやまぁ。
既に結婚している中堅の人間がやったのだったらまだしも、もしも若い下っ端の暴走だったらこれからほぼ一生補償金の支払が続くと考えたらそいつが結婚できる可能性は絶望的だな。
これで情報の横流しというのがとんでもなく重大な話だと魔術院や王宮にも認識して貰えるだろう。
ふふふ。
補償金が幾らになるのか、楽しみだな。
そろそろ魔術学院の奨学金制度をもう少し拡大しても良いと思っていたのだ。丁度良い。
「これで補償の話は良いとして、盗まれた試作品と魔術回路は今更探して見つかるのですか?
私へのあの謝罪未満が来たタイミングを考えても、盗まれてから5日は経っていますよね?
既に王都を離れているでしょう?
第一、ザルガ共和国の手の者が盗んだのだとしたら船で逃げているでしょうに」
まあ、盗んだ先がザルガ共和国かどうかすら、分からんが。
どの国が盗んだにせよ、書類を送ることを想定している魔道具なのだ。
船や馬車にだったらいくらでも隠しようがあるサイズだろう。
しっかし。
もしも盗んだのがザルガ共和国だとしたら・・・隣国になった途端にこちらに諜報員をよこしてきて役に立ちそうな魔道具を盗んでいくなんて、手際が良すぎて怖すぎるな。
まだ狂信的だったが馬鹿なガルカ王国の方が、やっていることが比較的単純で扱いが楽だったかも知れない。
「とある貴人の子供が誘拐されたことにして、全ての船は港で足止めしてある。
だからこそ、魔道具の試作品を素早く探せるお主の教え子の助けが欲しくて私に泣き付いてきたらしい。
流石にこれ以上は港を封鎖するわけにもいかないからな。
どうしてもウィルとやらの協力を得られなかったら、お主の火精霊に助けて貰って、火事が起きたことにして船を全部燃やして欲しいと軍部は言っている」
王太子がため息をつきながら答えた。
はぁぁ???
王都の港を5日も封鎖したのか????
まあ、風向きが悪ければ船が数日足止めされることなぞ良くあると聞くが、5日もというのは長いだろう。
それ程切羽詰まっているのだったら、先日自分の所に泣き付いてきた時にもっと潔く謝罪してさっさと話を解決すれば良かったのに。
使えん奴らだ。
しかも試作品を盗まれるよりは罪も無い船を燃やしてしまおうなんて・・・ちょっと話が大きくなりすぎていないか??
「・・・流石にそこまでやって、船をちゃんと調べることすら出来なかったなんてことになったら問題ですね。
私も、罪も無い商船を『もしかしたら』の話で燃やすのに手を貸すのは嫌ですし。
分かりました。
少なくとも、王都で足止めされた船を調べる事だけに関しては、依頼を請けるようウィルに頼み込んでみます。
ちなみに、何隻ぐらいの船の話なのです?」
「幸い、港を封鎖した時点で入港も止めてあるのでな。
小さいのも含めて40隻だそうだ」
・・・。
よくぞまあ、諦めなかったものだな。
私だったら、小さな魔道具が盗まれて、逃げるのに使われるかも知れない船が40隻もあると分かった時点で諦めて魔道具の完成品の製作に全力を尽くすが。
情報部や外務省の人間は、情報のやり取りに使える魔道具に対する思い入れが大きいのかな?
そんなもの、1度誰かが発明したら別の人間だってそのうち発明できるのに。
今回は試作品と魔術回路を持ち去ったので盗難が発覚しましたが、魔術回路を模写して持って帰って母国で製作する方が騒ぎにならずに情報が盗めてずっと良かった気がしますよね。
そう考えると、魔術回路の管理をこれからもっと厳格化するんでしょうかね?
しなかったら、必死で今回盗まれたのを取り返してもまた情報が盗まれるのは時間の問題な気がw