444 星暦554年 青の月 5日 新しいことだらけの開拓事業(16)
>>>サイド ウォレン・ガズラート
「見事な腕前だと第3騎士団本部の副団長が興奮しておったよ。
是非とも君を第3騎士団に勧誘したいと言っていた・・・どうかの?
特殊技能分を給料に上乗せするぞ」
報酬の残りを取りに来たウィルに声を掛け、お茶を出しながら駄目元で勧誘してみた。
お茶に牛乳を足し、クッキーに手を伸ばしながら目の前の青年は肩を竦めた。
「軍部で働く気はありませんね。
頭脳労働者になるために必死に頑張って魔術師になったのに、上の命令が絶対な軍に入るつもりなんてありませんし、自分の仕事の内容を家族や友人に話せないような仕事をするんだったら裏社会に残っていましたよ」
「頭脳労働者?
第3騎士団だったら他の騎士団よりは大分頭を使う任務が多いぞ?」
若いのに頭脳労働に拘るとは珍しい。
「下町の人間は、体を壊したらほぼ確実に最終的には野垂れ死ぬことになります。
そうならないで済むように皆必死で働くんですが、安全網を構築できるだけ資金を貯められる人間も、体が満足に動かなくてもお金を稼げるような特殊技能を磨ける人間もごく一握りです。
俺は魔術の才能を見いだされたことでその特殊技能を身につける機会を得たんです。
そして魔術師としての才能と知識を使って良い感じに頭脳労働で食っていけるようになっているのに、危険満載な軍部で働く訳がないじゃ無いですか」
クッキーを半分に割りながらウィルが答えた。
直接かじらずに、態々割って食べるとは随分とお行儀が良いな。
シャルロの癖が移ったのかな?
「だが、国のためになるぞ?
回り回ってそれがお前さんの友人や大切な人を守ることにも繋がる可能性もあると考えたら、体が問題無く動く間だけでも軍で働くのはどうかね?」
『国』はまだしも『国の中に住む大切な人』を守るという言葉に弱い人間は多い。
この青年はどうだろうか?
シャルロの婚約式にも若い女性と来ていたが。
「それ程沢山、大切な人は居ませんから。
第一、国なんて何かあった時に守るのは金がある人間だけですよ。
金が無い人間なんて、子供だったら孤児院の人間に人身売買組織へ売り飛ばされそうになり、そこを逃げ出して必死に食っていこうとしてもなけなしの稼ぎを警備兵に搾取されるんですから。
『国のために』なんて勧誘はもっと恵まれた家庭出身の人間に使って下さい」
ウィルが素っ気なく答えた。
はぁぁぁ。
思わず、ため息が漏れた。
下町の警備兵はどうしてもレベルの低い人間が多い。
良い地域の住民との対応を間違えると苦情によって上司から叱責される可能性が出てくるため、どうしても結果的に使えない人間が下町に回されてしまうのだ。
給料は他の地区の警備兵と同じなのに、左遷されたという意識を持っている人間が多く、それを下町の人間から搾取することで取り返そうとする間違った考えを持つ者が出てくるのは以前からも問題として上がっていたのだが・・・放置してきた事へのしっぺ返しだな。
副団長に、情報部なのだから外部だけで無く内部の悪事にも目を向けておかなかった報いだと言っておくか。これで少しでも悪質な警備兵が取り締まられるようになれば、次のウィルの様な立場と能力の人間が出てきた際にもう少し前向きにこちらの勧誘に耳を傾けてくれるかも知れない。
「では・・・時折、今回のような単発の依頼として請けてくれんかの?
報酬は弾むぞ」
焼き菓子の皿をウィルの方へ差し出しながら頼み込む。
どうしても軍人というのは肉体的な技量を磨くことや戦略的能力を伸ばすことに目が行きがちだ。
軍属の魔術師も居るが、基本的に戦略的魔術の攻防が重視されるので情報部には尋問用の魔術師しか居なかった。
ウィルが潜入への魔術師の抜群な適性というのを証明したので、これからは魔術学院の生徒で諜報活動に向きそうな生徒がいないかを念入りに探していくことになるとは思うが、彼らが育つまではまだ時間が掛る。
それまでは場合によってはウィルに手伝って貰わなければ致命的な遅延が生じる案件も出てくるかも知れない。
焼き菓子に手を伸ばしながらウィルが肩を竦めた。
「まあ、仕事とかで忙しくない暇な時期だったら良いですよ。
ただし、詳細はまだしも仕事の内容の一部ぐらいは仕事仲間や恋人に話す可能性はありますからね。
絶対に機密を守らなければならないような案件は外部委託しないで下さい」
絶対に機密を守らなければならない案件の方が時間的余裕も無いことが多いのだが・・・ここでそれを指摘しても、そんな重要な案件を外部委託するのが悪いと言われそうだな。
「うむ。
副団長にはそこの所も言っておく。
今回は助かったよ。感謝しとる」
頷きながらカップを持ち上げ、残っていたお茶を飲み干したウィルが立ち上がったので、慌てて声を掛ける。
「そうだ、これをシャルロにお土産として持って行ってくれんかね?
この店の焼き菓子はあの子のお気に入りなんじゃよ」
椅子の横に置いてあった袋から大きめの焼き菓子の箱を取り出して机の上に置いた。
この休みでシャルロも王都に来るかと思っていたら、東の大陸へケレナと遊びに行ったとの話なのでもうそろそろ買いだめしたストックが尽きる頃だろう。
「分かりました、渡しておきます。
では」
ちょっと呆れたような顔をしてウィルが箱を手に取り、部屋を出て行った。
まあ、予想通りな流れになったな。
・・・少なくとも、シャルロ坊にお土産を持たせられて良かった。
どうせ駄目だろうと思っていたので、ウォレン叔父さんにとってはシャルロの為の焼き菓子が一番重要なのでしたw