044 星暦550年 紺の月 17日 遺跡(4)
いつの時代も、人間の行動というのはあまり変わらないのだろう。
いつの日か、争いや憎しみ、怒りといったモノから人間が解放される時は来るのだろうか?
清早が作った階段を下りて下の階に出る。
着いた先は、小さな部屋だった。
大きめの浅い壺のようなものと、白骨が一体。
扉は朽ち果てて無くなっていた。
壁に装飾は無く、非常に無愛想な部屋だ。
地階というのは貧乏人が住む場所だったのだろうか?
中央広場の下となれば、窓が無い地階でもそれなりに住みたがる人が多い、高級地となるかと思ったが・・・。
「これ、本物だよね?」
シャルロが恐る恐る白骨を眺めながら尋ねた。
「そりゃそうだろ。こんなとこに偽物を置く必要はないだろうし」
白骨の傍にしゃがみこみながらアレクが答える。
「オーパスタ神殿の遺跡で死体が発見されることって珍しいんだろ?あまり触らない方がいいかもしれないぞ」
変な病気を移されても困るし。
「そうだね。他の部屋も見てみよう」
白骨をもう少し調べてみたげなアレクを残してシャルロが部屋を出る。
俺も後を続いた。
人類以外の骨だって言うのならまだしも、普通の人間の骨には幾ら古くても興味は無い。
視た感じ、普通の人間のようだったし。
出た先は廊下だった。
今通った扉と同じような出入り口が10か所程ある。
付き当りにちょっとした開けたスペースがあり、そこに机と椅子であったのだろう残骸があった。
その後ろに上との本来の出入り口であったらしい階段がある。
一番上に扉で蓋がしてあるが。
朽ち果てていないと言うことは、岩か鉄板か何かで出来ているのか?
「・・・なんか、変な感じな場所だな」
後ろから続いてきたアレクが呟いた。
地下とは言え、全く窓が無い作り。
それなりに厚い壁。
家具が無く、全く装飾がされていない内装。
一つしかない出入り口の前にある待機所。
「ここって・・・留置所か牢獄のような感じがしないか?」
そんなところに放り込まれたことは無いが、盗賊ギルドの仕事関係で投獄されている人間に連絡を取ったり、逃がしたことは何度かある。
何とはなしに、雰囲気が似ていた。
まあ、単に貧乏人が集まって住んでいる地域だったのかもしれないが。
「他の部屋も見てみよう」
シャルロが隣の部屋に入っていった。
さっきと同じように、壺と、白骨。
あの壺って便器代わりだったんだろうなぁ。
寝床に使われていただろう藁とかはとっくのとうに朽ち果てているのだろう。
3つ目の部屋も似たり寄ったりな感じだった。
だが、4つ目に入った部屋はちょっと違った。
壺が割れており、壁一面に何かが彫られていたのだ。
文字なのだろうか?
絵にしては一つ一つの模様の粒が小さく、サイズが妙に一様だ。
「なあシャルロ、蒼流って人間の文字とか知っていたり・・・しない?」
蒼流程の力がある精霊なら、きっとこの遺跡に人間が住んでいた時代にも存在していただろう。
だとしたら、その時代の言語も知っていても不思議は無い。
「知っている?」
シャルロが蒼流に尋ねる。
今回は返事は心話だったらしい。
「知らないって。その時代の言葉は知っていたけど文字を読む必要性は感じなかったんだって」
ま、そうだね。
精霊が人間の書いた本を読みたいとは思わないだろうし。
つうか、精霊って本を読むなんて言う習慣は無いんだろうなぁ。
「この白骨が気になるところだが・・・これは凄い発見だぞ。
オーパスタ神殿遺跡で文字の発見はごく僅かにしかされていないはずだ」
アレクがしげしげと壁を見詰めながら言った。
「他の部屋にも無いか、見てこよう!」
シャルロが飛び出していく。
この遺跡があった街が捨てられた時・・・ここの投獄されていた人間は飢え死にするに任せて封印されて捨てられたんだろうなぁ。
もしかしたらその前に毒を与えられていたかもしれないが。
というか、上に出る場所が封鎖されていたと言うことは、下にいた人間が上に出たいと思うかもしれない状況だったと言うことだから・・・飢え死にか。
えげつない。
一体何をやったらそこまで許されないのだろう?
残りの部屋を調べたところ、2つに落書きのような書き込みがあり、1つの部屋は壁から壁まで文字で埋め尽くされていた。
そして一つの部屋では・・・壁に穴が開いていた。
便器にするような粗悪品であろう壺の破片で壁を彫りぬくとは、根性だ。
だが、封鎖された階段の一番上に横たわっていた白骨を見る限り、その根性も報われなかったようだ。
可哀想に。
牢獄に注意が行かないように、天井(というか床と言うか)一面に目隠しの術を練り込むのは分かるが、街を破棄する際に、囚人が絶対に逃げられないように封をするだけでなく、固定化の術までかけるなんて。
オーパスタ神殿遺跡の元の住民はあまり過ちを許すタイプではなかったようだ。
「オーパスタ神殿遺跡の文字って解析されているのかな?
何でこの人たちがここまで徹底的に封じ込まれたのか、知りたい」
アレクとシャルロに聞いてみた。
「確か、それなりに文字は解明されていたと思う。古代シャタット文明の文字から派生したものだという話だったはずだ。
サンプルが少ないから、かなりの部分は推測らしいけど。これだけ色々書き込まれていれば、文字の解明そのものにもかなり役に立つと思うな」
アレクが答えた。
「早速帰って、おばあさまに研究者に来るよう話をつけてもらおう。僕もこの人たちが何をしたのか、知りたい」
シャルロが提案した。
「そうだな。あまり見る物も無いようだし」
初めて探検してみた遺跡の中でこうも生々しい『人間らしさ』を目にするとは。
本当に、昔の人間も、今と人間とあまり変わりは無かったんだな。
本当は、今まで知られていなかったお宝を発見!という話にしようと思っていたんですが、計画的に破棄された都市で封印されて残された物が宝とは微妙に思いにくく・・・気が付いたらかなりダークな展開になっていました。
家具がアンティークとして価値ありという展開も可能なのですが、イマイチ盗賊出身の主人公がアンティークの家具を発見して喜ぶ姿も想像できなかったし。
封印されていたという設定が実はネックになっちゃいました。
でも、封印されていたんじゃないと、今迄発見されなかったのか説明できないし・・・。
中々難しいですね。
次回は3人が田舎の休暇をもう少し気楽に楽しむ話にしたいです。