432 星暦554年 紺の月 19日 新しいことだらけの開拓事業(4)
崖の上への滑車の設置はあっという間だった。
その傍に魔道具を置く部屋と作業員が暮らすことになる部屋が用意されている小屋が造られているが、これももうすぐ終わりそうだ。
後は毎日どちらかが下に降りて樽に海水を汲んで上に残った作業員が滑車でそれを引き上げ、作業部屋まで運び込んで魔道具に注ぎ込むだけだ。
本来ならば船が戻ってくるまでの間に作業員が崖の上と下を行き来する道も整備する予定だったらしいが、それは既に終わったので後はちょこちょこ真水を抽出しながら、居心地をよくするための工夫を凝らすだけで良いらしい。
なんといってもまだこの航路を通る船は殆どない。大量に真水を抽出しても意味はない。
ちなみに、魔道具を盗まれても使えなくするための仕組みというのは見せてもらえなかった。
ちぇっ。
一応、魔道具に問題が起きた際に二人が死なないように、大き目の樽に真水を入れて提供しておいた。
真水を抽出する魔道具を使う設備なので真水なんぞ必要なく、ジャレットも食料品しか備蓄するつもりはなかったらしいのだが、それを聞いて『俺が出すから』と主張して樽を提供してもらった。
勿論、俺たちが作った魔道具に問題はないはず。
だけど、流石に何かがあって死んじまったら後味が悪いからな。
試験運用なのだから、うまくいかないことも考えておく方が良いだろう。
最初から魔道具に頼っちまう予定を立ててたジャレットたちが怖すぎるぜ。
「ここの海鳥も人間を警戒するようになるのかなぁ?」
船員たちが小屋に防水加工をしているのを横目に見ながら、シャルロと俺はふらふらと島の上を歩き回り、散歩がてらに海鳥が大量に巣を作っている南側の崖に来ていた。
ちなみに、アレクは通信機の設置を依頼されていたらしく、その準備作業をしている。
なんだ、船が出る前からアレクはこの補給所の話を知っていたんだ?
まあ、真水抽出器を製造しているのがシェフィート商会だからな。
元々こういう水の補給所の計画も商会の方で提案した可能性もあるか。
「少なくとも、あっさり崖の上から降りてきて卵を取れる範囲に巣を作る海鳥は子供を育てられなくなってくるんじゃないか?
そうなると上から取りに来にくいところに巣を作る海鳥だけが子孫を残してそういう習慣がこいつらに根付くかもな」
作業員たちにとっては、海鳥の卵は魚と合わせて数少ない新鮮な食材になるのだ。
2人で食べる量は限られているとはいえ、確実に毎日取りに来るだろうな。
まあ、どのくらい料理が得意な奴らなのか知らないが。
考えてみたら、あの小さな浜の辺では魚は捕まえにくいか?
だとしたら少しアスカに頼んで魚を取りやすい生け簀っぽい地形を造った方が良いのだろうか。
・・・まあ、小舟は残されるんだ、船で適当に島の周りで魚が多いところに行けばいいよな。
下手に至れり尽くせりにしたら飽きるだろうし。
少し忙しい位の方が、退屈に悩まされなくていいだろう。
「ついでにアスカに畑も造るよう頼んであげたら?
ちょっとした葉野菜やハーブが育てられたら食生活のバランスが良くなるんじゃない?」
小屋の方向に戻りながら、シャルロが提案した。
う~ん。
魔道具で抽出した水で育てる野菜。
やたらめったら高くつきそうだな。
まあ、常に水を作っておいても補給に来る船が無かったら古い水から破棄することになるんだったら、畑に撒いた方が無駄が無いか?
「・・・一応、ジャレットに必要か聞いてみよう。
今回は種なんぞ持ってきてないと思うし、作業員が野菜の育て方を知っているとも限らないけど」
シャルロが頷いた。
「そうだね。
後は、果樹の苗とか持ってきても良いかもね。
日当たりはよさそうだし」
・・・考えてみたら、ここの土ってかなり塩を被っているんじゃないか?
一応草が生えているし木も少しは生えているが、普通の内陸の植物では塩にやられそうな気がするぞ。
まあ、そういうこともジャレットが知っているか?
知らなくても王都には資料があるだろな、多分。
ま、取り敢えず聞くだけ聞いてしておくか。
畑用に土を耕しておくぐらいは大した手間ではないし。
一応ここの利益も一部は俺のものになるんだ。
畑を造ることで作業員が健康になってより効率的に働けるんだったらそれはそれで良い事だ。
うむ。
頑張ってくれたまえよ、作業員達。
シャルロとウィルはちょっとノンビリだれてます。




