426 星暦554年 紫の月 27日 慶事の前だからって張り切るな(3)
「アレク~。セビウス氏に、真水抽出魔道具を軍へ売りつけるよう頼んでくれない?」
パンを手に、俺は朝食に降りてきたアレクへ声を掛けた。
「軍へ?
まあ、軍も新規航路の開拓に関わってくるだろうが・・・海に強い商会に売り込む方が航路が活発化すると思うぞ?」
食卓の椅子を引きながらアレクが軽く首を傾けた。
「俺達がパストン島の発見者の一人であることは向こうも知っているんだろ?
だから早いとこパストン島の開発を始めたいんだけど、さっさと許可を出してくれたら軍に優先して製造した魔道具を回しても良いよ~って匂わせたら早く取りかかれないかな?」
ソーセージとスクランブルエッグをパディン夫人から受け取り、アレクに提案する。
シェフィート商会だって早く開発に取りかかれるというのはメリットがあるだろうから、セビウス氏もそれなりに上手く交渉してくれるんじゃ無いかな?
「確かに海軍にとってはあの魔道具は便利だろうねぇ。
ガルカ王国との間できな臭くなっているんだったら、陸軍の方も欲しがるだろうから両方に魔道具が開発されてこれから売り出しになるって事を知らせて、それとなくパストン島の開発に協力してくれたら海軍を優先するよ~って話をしたら?」
シャルロがジャムの瓶を手に取りながら提案した。
おや。
シャルロにしては随分と鋭い提案じゃないか。
昨晩東の大陸から帰ってきたところだが、さっさとパストン島を開発して今度はあそこにケレナを連れていきたいのかな?
「ふむ。
今までのシェフィート商会からの販売は陸軍が主だったのだが、この際海軍との伝手を強めるのも悪くないな。
兄に提案しておくよ。
ちなみに、ガルカ王国との関係はどの位危ないのか、何か聞いているのか?」
アレクが紅茶を注ぎながら尋ねた。
こういう話題は王国の上層部に近いシャルロの方が話を聞いている可能性は高いからな。
普段だったらほわほわのシャルロが態々親族から情報収集をしているとは思えないが、婚約式をやったばかりだから、向こうから色々と教えてくれただろう。
戦争となったら魔術師は戦の場に駆り出される可能性がそこそこあるのだから。
「こないだの婚約式で、パストン島の開発に参加してあっちに早く行けって大叔父が凄く熱心に勧めていたから、危ないのかも?
ウォレンおじさんがそう言ってたんだ~って話したら、父まで心配して軍部に圧力掛けようか?なんて言われてびっくしちゃったよ」
シャルロがパンにたっぷりジャムを塗りたくりながら言った。
おい、シャルロ。
幾ら甘いのが好きとは言っても、それ以上はジャムを塗らない方が良いんじゃないか?
こぼれるぞ?
それはともかく。
堅実に領地を経営しているが比較的おっとり目なシャルロの実家が軍部に圧力を掛けようかと言ってくるなんて、その『ウォレンおじさん』って一体何を知っているというんだ?
「ちなみに、その『ウォレンおじさん』って何者なんだ?」
「昔は軍部にいたらしいけど、僕が子供の頃からリタイアしていて、あちこちを気楽に旅行して廻って色々とお土産持ってきてくれた親戚のおじさんなんだけどね~」
シャルロが肩を竦め、パンにかぶりついた。
「・・・それってもしかして、元第3騎士団副団長のウォレン・ガズラート殿??」
アレクが恐る恐る・・・という感じで尋ねた。
流石シェフィート商会。
俺だけで無く、シャルロの方もしっかりリサーチをしていたようだ。
しっかし第3騎士団って言ったら情報部じゃないか。
その元副団長で今でもあちこち旅行して廻っているって・・・今でもがっつり情報部に関係してそうだな。
シャルロの親戚で軍部、しかも情報部なんぞに関係する人間がいたなんて意外だ。
「・・・朝食の後に、兄に話しに行ってくる。
きっとあっさり話が付くだろうから、パストン島の開発に持って行ったら便利な物とか考えておくと良いかもしれない」
パンを手に取りながら、アレクが言った。
・・・それって、シャルロの大叔父さんがシャルロを王都から出すために軍の方も根回ししてくれているってアレクは思っている訳だよな?
マジで?
そんなにガルカ王国との間って切迫しているんか?!
『ウォレンおじさん』は、学院長も知っている古狸です。