423 星暦554年 紫の月 19~20日 次の旅立ち?(14)
またもや少し時間が前後してます。
シャルロのお兄さんの視点の話です。
>>>サイド アシャル・オレファーニ
「アシャル、シャルロ達は間に合いそう?」
朝食を食べながら尋ねてきた母に、思わずため息をつきながら首を横に振った。
「ケレナのためにも、早く来て準備するようにと言っているのですが、『内輪だけの式なんだから準備とかリハーサルとか、そんなに堅く考えなくて良いよ~』と。
何やら取りかかっている魔道具の開発が丁度佳境に入っているとかで、動こうとしなくって・・・」
まあ、確かに内輪の式だ。シャルロ本人は別に式の半刻前に来ても構わない。
だが、内輪の式だからこそ、思い出に残るような素敵な婚約式にしたいというのはオレファーニ家の総意であり、その一環としてシャルロの友人達にも手伝って貰いたかったのだが・・・どちらかの通信機の連絡先を入手しておかなかったのは失敗だった。
「困った子ねぇ」
ふぅ、とため息をつきながら母がお茶を口に運んだ。
「こうもシャルロが動きが鈍くなると分かっていたら外部の魔術師を雇っておいたのですがね。
彼の友人達に手伝って貰った方が良いだろうと思って他を手配しなかったのが裏目に出ました」
もう婚約式は明日だ。
今からでは手遅れというところだろうな・・・。
まあ、魔術師の手を借りなくてもオレファーニ侯爵家の本邸の見事な庭園と、使用人総出で頑張ったもてなしで十分記憶に残るような式に出来るだろう。
どうせケレナもシャルロも我々の計画を知らなかったのだから、失望すると言うことも無いし。
そんなことを考えながらパンをちぎってジャムを塗っていたら、突然扉が勢いよく開いた。
「アシャル様!シャルロ坊ちゃまから連絡です。今日昼前にいらっしゃるそうです!」
いつもは落ち着いた老齢の家宰が、走ってきたと言って良いぐらいの勢いで入ってきた。
私には『跡継ぎ』と言うことでかなり厳しかった彼も、シャルロを孫のように可愛がっていたからなぁ。
ふむ。
昼前に着くのか。
「母上。シャルロが着いたら、ケレナと相談なり何なり理由をつけて、彼を友人達から引き離していただけますか?」
「勿論よ。
理由を創り上げなくても、実際に話し合わなければならない手順などは山ほどあるのですからね」
穏やかな母が『プリプリ怒る』と言っても良いような状態になることは珍しいのだが、今回はちょっとそれに近い感じだ。
シャルロは、母上からお説教だな・・・。
さて。
明日の式までほぼ丸1日ある。何とかなるか?
◆◆◆◆
「よく来てくれた。
実は、式について提案したいことがあったのだが・・・。
シャルロは魔術師だろう?
そして今回招いた親友達も魔術師なので、折角だから魔術師だからこそ出来る幻影みたいなもので式を彩って貰えたらと思ってね。
本当は何日か前に準備にこちらに来たシャルロと一緒に来てくれたらその際に頼もうと思っていたのだが、中々シャルロが来なくって・・・もう今から頼むのでは、無理かな?」
シャルロを母の元へ追いやって、彼の友人二人を応接間へ連れ込んで肝心の頼み事を話してみた。
二人は『あっちゃ~』というような顔をしていたが、直ぐさま頭を切り替えて、何が出来るか、どのような手順が必要か等を相談し始めた。
流石、シャルロが友と呼んで事業を一緒に始めただけはある。
中々頭の回転が早く、物事への対応力があるようだ。
定期的に3人の事業について部下から報告を受けていたが、こうやって二人が動いている場面を見る機会を得たというのも良かったかも知れない。
おっとりとしたお人好しではあるものの、シャルロは人を見る目がある。
幼い頃から、シャルロに嫌われた者は調べてみると横領や家族への暴力、窃盗など問題行動を起こしていた。
だからシャルロが一緒に事業を始めようと提案した相手なので、本気で心配はしていなかったが・・・それでもシャルロは自分の弟である。
心配するのは兄の権利だ。
そんなことを考えていたら、何やら相談の終わった二人が式場を見たいと言ってきた。
本人達は使用人に案内してくれというつもりだったのだろうが、折角なのでこういう式での幻影魔術の練習場面も見てみたかったので、自ら案内した。
「ここが・・・式場ですか。
これってオレファーニ家の庭、なんです・・・よね?」
ウィル君がちょっと呆気にとられて周りを見回している。
本邸の敷地は王都の魔術学院が丸々入るぐらい、大きい。
館もそれなりの大きさになるが、やはり庭園がなんと言ってもその大部分を占める。
そして婚約式の会場は本邸の正面や横にある泉、更には薔薇園などが目に入る、『絵』としても絶品となるよう計算し尽くされて設計された庭園の一角だ。
王都の屋敷とはまた違った趣があるだろう。
まあ、商家のアレク君と下町出身のウィル君がどのくらい貴族の屋敷に縁があるのか知らないが。
だが、学生の時にトレンティス侯爵夫人の所に遊びに行ったはずだから、ある程度は馴染みはあるかな?
勿論、アファル王国でもその庭園の見事さで5指に入ると言われるオレファーニ家の本邸とはかなり違いがあるだろうが。
あちらは夫人の趣味に大分偏っていたし。
あそこのイチゴは本当に美味しかった・・・。
そんなことを考えていたら、何やらウィル君が宙に話しかけたら、急に上空の雲が消えて日が差してきた。
おや?
ウィル君も水精霊の加護があると聞いた記憶があるが・・・中級の精霊でも雲を動かせるほどの影響力があるのか?
精霊の力とは、本当に凄いな。
「どうせなら少し風に吹かれた様な揺らぎを入れた方が良いぞ」
ウィル君が何やらアレク君に助言していた。
よく見たら、薔薇の花が空から落ちてきている。
中々美しいが・・・ちょっとシャルロとケレナのイメージでは無い気がする。
「アレク君。薔薇では無く、こちらの花を使う事は可能かね?」
式場の飾りの一部として既に準備されていたブーケからかすみ草を一枝抜き取り、アレク君に見せた。
こういった幻影術の一部を変えることがどの程度簡単なのかは知らないが。
風の揺らぎを付け加えられるのだったら、花の種類を変えるのだって可能では無いだろうか?
かすみ草を受け取ったアレク君が何やら唸って(?)いる間に、ウィル君はまたもや何やら宙に向かって話していたと思ったら、突然庭に虹が現れた。
更に、何か小雨が降りかかってきた感じがする。
小さな飛沫が光を弾いてとても綺麗だったが・・・招待客が濡れるのはちょっといただけない。
「ウィル君。
とても綺麗なのだが・・・女性陣のドレスは物によってはとても繊細でね。
濡れると・・・下が透けてしまう物もあるのだが」
目を丸くした青年は、慌てて何やら宙に(精霊になのだろうな)向かって話しかけた。
その後も何やらアレク君とウィル君で色々相談しながら工夫をしていたが、私もいつまでもそれを見ていられるほど時間は無い。一通り形が決まったら呼んで貰うことにして屋敷に戻った。
どうやら、時間がぎりぎりでヒヤヒヤしたが、シャルロとケレナに相応しい婚約式に出来そうだ。
良かった。
シャルロの家族はいつまでも来ないシャルロにかなりヒヤヒヤしていたんですが、その一場面です。