417 星暦554年 赤の月 30日 次の旅立ち?(8)
「へぇぇ、蒸気が出る魔具?
北の方だったら需要があるかも。
空気が乾燥して肌が荒れて困るって以前知り合いが零していたから。
あと、水が出ない洞窟型の遺跡の発掘現場も乾燥していることが多いから、限られた部屋の中でだけ蒸気を出せる加湿器みたいのがあったら良いわね」
久しぶりに会ったシェイラに今まで試作した真水製造機に付いて零していたら、そんな感想が返ってきた。
結局、最初の魔具があれだけ蒸気を出したのはそうしないと水を気体にした圧力に装置が負けて何処かで破裂してしまうからと言うことが判明した。
外に出る蒸気を減らして作ってみた試作機2号は、庭に設置していたので破裂したときに大きな音が出て近所の人間を驚かした以外大した被害は出なかったが、あれには驚いた。
この失敗に懲りて、次の魔具はそのまま設計図通りに作って手を加えなかったが、どうやらある意味これは最初の魔具の改造版らしく、魔力の出力を下げて魔具の内部圧力を下げることで蒸気を減らした物だったが・・・代わりに最初の魔具より真水を抽出するのに倍近く時間が掛った。
更に休息日の前に3番目に作り上げた試作品は、蒸気を魔力を使って冷まして圧力を下げて真水の抽出時間を早めているのだが、魔石の消費が前2つの魔具に比べて倍ぐらいだった。
この水を蒸気にして真水にするタイプの魔具は、ちょっと駄目じゃ無いか?
他にもう少し使い勝手の良い魔術回路があることを期待したいところだな。
そんな愚痴をシェイラにこぼしていたのだが・・・なるほど、乾燥した地域では蒸気を噴き出す『加湿器』もありがたがられる可能性があるのか。
「たかが肌が乾いた程度では誰も魔具なんぞ使わないだろう?」
お茶を淹れながらシェイラに聞く。
ち、ち、ち、とシェイラが指を左右に振って見せた。
「たかが肌が乾くなんて言うけどね、乾燥は女性の敵よ!
あれのせいで肌がパサパサのバリバリになるんだから。
確かに庶民ではどうしようもないでしょうけど、貴族や大きな商家の奥様方だったら効果が高ければそれなりの値段を出すと思うわ。
なんと言っても乾燥して白粉がひび割れて来ちゃうほどみっともない事は無いからね」
白粉?
人に会うときは、ついついその人物の身につけている装飾品とか武器(や場合によっては暗器)には細心の注意を払う癖があるのだが、顔の造形ならまだしも肌の状態とか化粧のひび割れなんぞ気にしてなかったな。
だが。
確かに顔の白粉がひび割れていたらかなり見た目は微妙だろうなぁ。
今回のシェイラの服ですらそれなりに良いお値段だったのだ。
貴族が気張って着るような服はそれこそ1着で魔具1つ分の値段になると聞く。
だとしたら顔の見た目を左右する他の要素にも金を掛けない訳がないか。
「どうやって使うんだ?
応接間や舞踏室に蒸気を出させるのか?」
何かそれはそれで問題が起きそうな気がするが。
ぶふっとシェイラが笑い出した。
「それは無いわよ。
湿度が高すぎるとどれだけ髪の毛が酷いことになると思ってるの?
服だってべったりしちゃってデザインが台無しになるし。
そうねぇ、範囲を限定できるんだったら寝る間にベッドの周りで使うのが良いかもね。
でも、寝具がかび臭くなったら困るから・・・余程乾燥肌に悩んでいるんじゃない限り、お風呂の時にサウナみたいな感じに使うのが良いかしら?」
サウナね。
お湯を沸かすよりも、蒸気で垢を浮かせて水で汚れを洗い流す方が安つ付くので、冬場は王都でも風呂の代わりにサウナを提供する店も下町にはあった。
勿論下町のサウナになんぞ金持ちの奥様達は行くわけが無いが、サウナで良いのだったら自分の屋敷に設置すれば良いのではないだろうか。
「サウナみたいな感じが良いんだったら、魔具なんぞ買わずにサウナ部屋を設置して使えば良いじゃないか」
シェイラが肩を竦めた。
「実際に、北ではサウナを使っている家は多いらしいわよ?
だけどあれって暑すぎるのよね。
何か疲れ果てちゃうし、無理に長時間我慢して入っていると倒れちゃうから効果も限られるわ。
だからお風呂に入る時ぐらいの温度でサウナみたいな感じで蒸気も出せたらもっと快適に美肌効果を狙えるって喜ばれると思うわよ?」
なるほど。
蒸気で乾燥した肌を潤すにしても、それなりの時間を掛ける必要があるのに普通のサウナだと暑すぎてそれだけ我慢できないのか。
ふむ。
「商品のアイディアとしては悪くないが・・・今は開拓に必要な魔具を製作しようとしている所だからなぁ。
一段落付いたら、ちょっと工夫してみるよ。
ありがとな」
「どういたしまして。
魔石付きだったら試作品のテストを請け負うわよ?」
にこやかにシェイラが答えた。
これは・・・商品化しないにしても、何か『試作品』を作った方が良さそうだな。
ちょっと脱線ぎみ?