412 星暦554年 赤の月 16日 次の旅立ち?(3)
「婚約式に出席??
来月に??!!」
服を新調しなければならないとなったら、時間的余裕が無い。
なのでシャルロから話を聞いた後、通信機でシェイラの予定を確認して翌朝に会いに来た。
アレクとシャルロはかなり気楽に考えていたようだが、シェイラの驚きと慌て様は俺の心境とマッチしていて、ちょっと安心した。
俺だけが慌てていた為、『あれ?俺が言っていることって非常識??』って不安になり始めていたんだよね。
「そう。
ケレナがシェイラに会いたいって希望したらしい。
まあ、どちらにせよ俺の恋人としてシャルロだったら絶対に招いたとは思うが。
しまったな・・・あいつが招待することを想定して、しっかりとした逃げ道を用意しておくんだった」
今からでも、何か学院長に『どうしても抜けられない重大な政府の依頼』でもでっち上げてもらえるか?
いや、流石にシャルロの招待を受けた後で俺が学院長に会いに行って突然依頼が出てきたって話になると怪しすぎるよなぁ・・・。
「服を1ヶ月ちょっとで仕立てろなんて、なんて無茶な。
何だってもっと早く言ってくれなかったのよ?!」
シェイラが頭をかきむしった。
あ、やっぱり無茶なんだ。
「お坊ちゃまだからねぇ・・・。服の仕立てに掛る時間っていうのをあまり認識していなかったんじゃないか?
ちなみに、無理そう?
だったらそれを理由に出席を断れないかな?」
ため息をつきながらシェイラが何やらバッグの中を確認し始めた。
「何通りかのスタイルと生地が前もって用意してあって、その組み合わせを選んでサイズを合わせていくタイプの仕立屋だったら、特急料金を払えば何とかなるわね。
しょうがない。
今から行くわよ」
え?
今から???
「え、シェイラの仕事は?」
シェイラがメモ用紙を取り出して何かを書き込んだ。
「取り敢えず、オーダーは直ぐ済むから靴を探す時間を考えても2日程度で何とかなるかしら?
ちょっと緊急の用事があるから2日ほど王都に戻りますと伝言しておくわ。
2日ぐらいだったら不便に思っても実際に私が居ないことに気が付かない可能性もあるけど、一応知らせておく方が良いでしょう」
あ~。
確かにあの学者集団だったらシェイラが帰って来て初めて『あれ、そう言えば見かけなかったね?』と言いそうだ。
「悪いな。
転移だけじゃなくって仕立代も出すから。
急ぎであまり選択肢が無いにしても、出来るだけ自分の好きなスタイルの服を作ってくれ」
ついでに俺の服に関しても助言して貰いたいが・・・そこら辺は言わなくても大丈夫だろう。
アレク曰く、服を買うときに意見を言わない女性はいないらしいから。
「そう?
別に良いのよ?
確かに歴史学会からの給与はみみっちいけど、それなりに投資とかでお小遣いは稼いでいるから。
もうそろそろ新しい服を作っても良い時期だったし」
シェイラが俺の方を振り返って首をかしげて見せた。
投資で小遣い稼ぎか・・・。
世界が違うぜ。
流石、親父さんが跡取りにと望んだだけはある。
「いやいやいや。
迷惑を掛けるんだし。
俺の服を選ぶのも手伝って貰いたいから、その相談料だとでも思ってくれ」
幾ら家族と親しい友人だけの集まりと言っても、貴族の婚約式に着ていく服なんて、想像も付かない。
シェイラが手伝ってくれて本当に助かる。
じゃなきゃ、アレクに散々からかわれながら服を作ることになるところだったぜ。
◆◆◆◆
「そうね。
この生地で、このスタイル。
裾の長さは少し長めにして、出来ればちょっと刺繍でここら辺にアクセントを付けられる?
あと、上に羽織るのにこちらを合わせたいわ」
王都に転移してきたら、俺達は真っ先にシェイラが以前から使っていた店に来た。
最近は服を作っていないだろうに、直ぐさま店長らしき爺さんが奥から出てきたところを見ると、シェイラは昔は良く服を作っていたのかね?
さっさと何やら大きなスケッチブックみたいのをめくりながら爺さんと相談しつつオーダーを決めていくシェイラを横目に、俺は店の中をぼんやりと眺めていた。
そこそこ大きな店で、あちらこちらに生地や服のデザインが展示されている。
確かにこれだったら服のイメージが湧きやすいな。
意外と客もそこそこ入っている感じか?
あまり仕立屋というのに縁が無いのでよく分からんが。
考えてみたら、シャルロの家族が使うような仕立屋なんて、店に客が来るんじゃなくって客の屋敷に御用伺いに訪れてそこで採寸したりデザインを相談したりするんだろうなぁ。
だとすると、これはそう言う貴族専門からは一ランク下の、金がある平民相手の店なのかな?
まあ、貴族でも下っ端だったら自分で店に足を運ぶんだろうが。
実際に店にいる客層も、そこそこ金のありそうな平民とちょっと下っ端そうな貴族な気がする。
「ウィルはどうする?」
何やら全て決まったらしきシェイラが声を掛けてきた。
「適当にシェイラの服にぶつからない無難な服を作ってくれ」
メモ用紙を手に、俺の言葉を待っている爺さんに頼み込む。
「適当にって・・・ちょっとこっちに来て、スタイルを選んで」
ため息をつきながらシェイラが俺に隣へ座るよう、身振りで指示した。
スタイル?
無難だったら何でも良いんだが。
そう思っていた俺の考えは、デザイン像を見せられて気が変わった。
ひらひらのフリル生地のシャツなんて、あり得ない!!!!!!
「無難な服で頼む!!」
「無難・・・とは平均的という意味ですよね?
こちらのスタイルは昔からある伝統的な紳士の装いですよ?」
爺さんがにこやかに答えた。
「ですが・・・もう少し飾り気の無いスタイルがお好みでしたら、こちら等はどうでしょう?」
スケッチブックのページをめくって何やらもう少しまともな服のデザインが提示された。
「こんなのもございますな」
更にめくったら、今度はちょっと軍服っぽいイメージの服が示された。
ふむ。
この二つだったらまあ大丈夫か。
「ちなみに、ウィルは魔術師なんだけど。
魔術師の会合とか晩餐会に良いような服ってある?」
シェイラが口を挟む。
おい。
晩餐会なんか出席するつもりはないから良いんだよ。
でもまあ、魔術師っぽい格好をしていたら勝手に相手が俺の社会的地位を高めに見積もってくれるか?
「魔術師ですか。
ローブ姿となりますと、こちらですな」
ローブを引きずりそうなずるずるとした服を見せられた。
「もう少し動きやすい方が良いんだが・・・」
魔術師と言っても、俺はそれなりに活動的な男なんだ。
このローブじゃあスカート着ているのと殆ど変わらないじゃないか。
「今のは昔からある伝統的な魔術師のローブなのですが・・・。
では、こちらの最近流行になってきたスタイルはどうですかな?」
更にスケッチブックのページをめくって、もう少しローブが短めなスタイルの服が出てきた。
あ~。
これだったら適当なシャツとちょっと良さげなズボンの上にこのローブを羽織れば良いか。
ローブを脱いじまえば楽そうだし、悪くは無いな。
「じゃあ、これで。
シェイラの服にぶつからない色と生地で頼む」
ふう。
たいしたことはしてないのに、何か気分的には疲れ果てたぜ。
「じゃあよろしくね、デニスン。
何かあったらウィルの方に連絡頂戴」
シェイラがかなり気楽な感じで爺さんに挨拶をして店を出た。
「何だって特急料金を負けてくれたんだ?」
そう。
何故か急ぎなのに特急料金は要らないと言われたのだ。
お陰で思っていたよりもかなり低めな支払で済みそうだ。
「私もここに出資しているから。
出資者特典と言う奴かしらね?」
シェイラがにっこり笑いながら答えた。
え???
「仕立屋に出資するほど服に興味があるとは・・・思ってなかった」
恋人なのに。
女って分からねぇ・・・。
シェイラが肩を竦めた。
「別に服が好きだから出資した訳じゃあ無いわよ。
学生時代に、商会の方で必要な服を作っていた時にちょっとした相談を受けてね。
経営の効率化の提案をした際に、その為に必要な資金をちょっと提供した訳。
提案が当たって今では提供した資金の何倍も利回りが返ってきているわ」
なるほど。
シェイラの小遣い稼ぎ投資の一つがこれだったのか。
まあ、何にせよ、あまり苦労しなくて服を手配できて、本当に良かった・・・。
実はこの後、地獄の靴選びが待っているのを知らないウィルw




