409 星暦554年 赤の月 12日 旅立ち?(50)
>>>サイド アイシャルヌ・ハートネット
「お土産です」
ほぼ2月ぶりに現れたウィルが、手の平ぐらいの大きさの箱を次から次へと机の上に並べ始めた。
「お久しぶり。
無事に帰還できて、おめでとう」
箱を手に取って何やら確認しながら並べ直しているウィルに声を掛ける。
箱の並び替えに満足したのか、ウィルが顔を上げて答えた。
「どういたしまして。
最初は楽しかったですが、やはり1月半というのは長いですね~」
「で?その箱は何だ?」
にやりとウィルが笑った。
「お茶です。
こちらが、一級品とあちらの喫茶店で太鼓判を貰った茶葉を最適だと言われた温度と湿度で保管して持って帰ってきた物。
こちらは同じ茶葉を湿度だけ管理した俺達の船室で保管してきた物。
こちらは普通に他の荷物と一緒に貨物室に入れていた物です。
そんでもってこっちの3つは一般的な茶葉を湿度・温度を管理して持ってきた物、湿度だけ管理してきた物、そして貨物室に入れてきた物。
どんな感じに味が変わったか、後で感想を教えて下さいね」
箱の上に書いてある説明を指で指しながらウィルが答えた。
・・・なるほどね。
確かに、船の貨物室で普通に茶葉を運んできたら湿気るだろう。
ただ、アファル王国に流通する茶葉は元々そう言う状態で運ばれてきた茶葉ばかりだろうから、却って最適な状態で保管してきた茶葉に違和感を感じる事になるかも知れない。
中々面白い実験だな。
「で?
私を実験台にして何をしようとしているんだ?」
ウィルが肩を竦めた。
「俺は別に何も。
自分達用の茶葉も同じように色々分けて持って帰ってきたので、俺達の感想と学院長の感想が一致するか知りたいだけですよ。
アレクは湿度と温度を管理する業務用魔道具を買ってきたので、実家や仲の良い商家とでそれを使って商売をする可能性は高いでしょうが」
ほおう。
湿度と温度を管理する魔道具ね。
流石、茶葉と香辛料で有名な大陸だ。
視点が違う。
「向こうはどうだった?
新規航路だけでなくて補給用の島まで見つけたらしいな?」
「あ、もう聞きました?
東の大陸に近い方はどうも海賊やらその他諸々の軍事力が必要になる時に使う基地になりそうな話でしたが、もう一つはもっと普通に農作業とかもする補給所になりそうなんで、そちらの開拓の手伝いをしようかな~ってシャルロやアレクと話しているところなんですよ」
楽しげに笑いながらウィルが答えた。
重要な補給地になる新規の領土の開拓となれば利権やら防衛やら、色々と話が複雑になりそうだが・・・あまりそこら辺の自覚はなさそうだな。
「特級魔術師だぞ、私は?
もしもの時の戦略的武力になるから、軍事行動が起きるかも知れない話は王家が定期的にこちらに流してくる」
言うなれば、一個師団の長たる将軍と同じようなものだ。
遠隔の補給地となれば軍を送りつけるより私一人を送る方が早いし楽だから、何らかの衝突があった場合は取り敢えずの対応として私が送り出される可能性は高い。
ウィルが顔をしかめた。
「うえぇぇ。
それってもしかして・・・俺達が手伝いで補給島にいる間に何か軍事的衝突が起きたら、俺達も駆り出される可能性があるって訳ですか?」
考えてみたら、海に囲まれた離島での争いだったらシャルロ・オレファーニの精霊がいれば無敵だろうな。
軍部や商業省の人間がそれに気が付いているかどうかは知らないが。
シャルロの精霊レベルの水精霊の加護を得ていた人間は、この国では過去にも存在しない。
・・・彼の軍事的威力にあの連中が気が付いていないことを期待しておこう。
あのレベルの力を戦力として見せつけるのはあまり良いことではない。
シャルロ・オレファーニにとっても、軍事的武力として周りに認識されるのは不幸なことだろう。
それよりは、東大陸の領事館へ私が転移して船で回る方が良い。
どこの国だって特級魔術師なら一人か二人は居る。
軍事的な争いに巻き込まれるのはゴメンだが・・・少なくともウィル達が開拓に手伝っている間はあまり腰を重くしない方が良さそうだな。
「で?
いつ、開拓の手伝いに行くんだ?」
元教え子の為に、必要があったら一肌脱ごうと思った学院長でした。
普段は安易に武力(魔力)で物事を解決しようとしないようにと、軍部とかが頼ってきたら『話し合いで解決しろ』と3度ぐらいは撥ね付けることにしてます。