406 星暦554年 藤の月 24日 旅立ち?(47)
「骨董品や発掘品を扱っている蚤市へ連れて行ってくれ」
店を出て、外で待っているバルダンに声を掛けた。
「良いのかい?
蚤市なんて、本物を見つけると思っていない人間が行く場所だぜ?」
バルダンが少し心配そうに聞いてきた。
彼女へのお土産に、偽物と分かっている物を買うのは不味いと思ったのかな?
「この店だって殆どが偽物だ。
少なくとも蚤市の方が値段がまともだろうし、古い物ならそれなりに分かる。
面白い物が無ければ諦めることにして、取り敢えずそれっぽい物を扱っている蚤市へ案内してくれ」
肩を竦めてバルダンが歩き始めた。
「まあ、この店よりはましか」
「ちなみに、何でこの店に案内したんだ?偽物率が高いのは分かっていただろう?」
ここまで大々的にぼったくり価格で模造品を置いているのだ。街の人間だってこの店のビジネスモデルのことは知っているはずだ。
「お土産って言っていただろ?
綺麗な発掘品っぽい見た目の物が欲しいのかと思って」
おい。
思わずバルダンの返事にがっくりため息が出た。
最初から模造品を買いたがっていると思われていたのか。
そりゃあ、普通の女性に薄汚い古ぼけた発掘品を土産として渡したところで喜ばれないだろうが・・・シェイラは汚くて古いのが欲しいのだ。
もしも本物の発掘品を見つけたら、それに付着している泥すらも歴史的価値があるということになって、綺麗に掃除したりしたらかえって怒られるだろう。
新しい模造品なんぞ渡したらテントから蹴り出される。
「俺の彼女は考古学者なんだよ。『綺麗な』模造品なんぞ渡したら殴られる」
シャルロが目を丸くした。
「シェイラって殴るの??」
思わず足が止まった。
下町や裏社会の女だったら変な物を渡したりしたら殴られる(と言うかはたかれる?)のが普通だったから、『怒られる』というニュアンスを伝える際に『殴られる』と言ったが・・・考えてみたら、ちゃんとした商会の娘なんだ。シェイラもちょっと土産の選択を間違えた程度で殴ったりはしないか。
つい、子供の頃の言い回しが出てきたな。
意外とそういう下町や裏社会の言い回しを気付かずに今でも使っているのかも知れない。
ちょっと気をつけよう。
「いや、それは言葉の綾ってやつで実際に殴ったりはしないと思うぜ。
この店に売っていたような偽物を持って帰ったら後でそれなりの報復は受けると思うが」
「そうだよね~。
きっと蚤市の方が面白い物を売っているだろうから、発掘品が無くても何か独創的な模造品があるかも?」
シャルロがちょっとほっとしたように笑った。
いやいや。
俺とシェイラの関係をそんなに心配してくれなくても大丈夫だぜ?
◆◆◆◆
「これなんてどう~?」
シャルロが汚れた花瓶(?)に見える物体を指さして聞いてきた。
先程からかい半分に持ち上げてみた土器が崩壊してから、手に取るのは諦めたっぽい。
あれには笑った・・・。
子供が練り上げた粘土を乾かして固めただけで、焼きすら入れてないような花瓶だったので(というか、実際に焼きを入れ忘れた模造品花瓶だったと思う)、売主も俺が睨んだら賠償しろと文句を言うのは諦めていた。
「不可!」
シャルロが指さした方向を見やってから、答える。
からかい半分とは言え、シャルロは中々センスが良いので場合によっては本物がなかったら単なる置物として土産に買ってもいいのだが・・・今のは単にからかう為に選んだのか、センスも良くなかった。
どうやらこの街の北に、大きな川と森があって以前は文明が栄えていたらしい。
栄えた結果最終的には森を伐採し尽くしてしまって立ちゆかなくなり、滅びたらしいが。
ただ、川は残っていたのでまた何百年後に森が復活し、文明がそこに根付き、そしてまた森が伐採し尽くされて滅び・・・と言うのを何度か繰り返しているらしく、この地域の北部は遺跡が幾つもあってその発掘物を見つけるというのはこの街の少年(や夢見がちな駄目男達)の良い暇つぶしらしい。
お陰で発掘物を扱っている蚤市は、びっくりする程広かった。
思わず、案内された時に『ここを今日1日で回るのかよ・・???!!!』と呆然としたぐらいだ。
取り敢えずお土産に出来なくも無いセンスの良い偽物を探すのはシャルロに任せ、俺はひたすら魔術回路や固定化の術などを目当てに心眼を使いながら蚤市をずんずんとさっきから歩いている。
「うん?」
何か生きている術が掛っている物があった。
適当に積み上げられた箱の中に。
適当に掘り起こした物(もしくは適当に作り上げた物)を持ってくるので、蚤市の商品は『整理整頓?なにそれ?』な状態で置いてある。
下手をすると商品の山から転がり落ちて隣の売主のゴザの上に鎮座していることすらあるのだ。
そんな山の中から術が掛った物を探すのも・・・至難の業とは言わないが面倒。
はぁぁ。
俺ってシェイラのことを本当に大切に思っているんだなぁ・・・。
思わず、こんな面倒なことをやっている自分に呆れつつ感心してしまう。
「何かあった?」
立ち止まった俺にシャルロが近づいてくる。
蚤市への案内が終わり、適当に周りを見ていたバルダンも俺が立ち止まったのを見て戻ってきた。
「何か・・・術が掛ってる」
そこそこの装飾が施された古ぼけた箱だったが・・・何の術だ、これ?
見覚えが無い。
『触ると一家の主への忠誠を誓いたくなる呪いに近い術だ。触るな』
蒼流が突然姿を現して手を伸ばしていたシャルロを止めた。
おい。
俺は止めようとはしてなかったよね、お前さん。
清早は近くに居るように見えないが、なんかの術に掛ったら助けてくれたのかなぁ・・・?
まあ、得体の知れない術が生きている物を触る気は無かったけどさ。
しっかしそうか、そう言う精神へ働きかける術なのね、これ。
アファル王国では嘘を暴くとか記憶を辿る、もしくは自分の誠意を示すといった特定の術以外の精神へ働きかける術はそれなりに厳しく規制されており、特に自己の価値観を歪めるような術は王家と魔術院の監督の下でしか使うことが許されない。
お陰であまり発達していないと魔術学院の授業で聞いたが・・・どうやら、こちらの大陸では精神へ働きかける術はそれなりに盛んに使われているようだ。
なんだよ、一家の主へ忠誠を誓いたくなるって。
シャルロの場合、親父さんに忠誠を誓いたくなるの?
それとも、この術を掛けた奴の家の当主?
どちらにせよ、怪しすぎる。
「うひゃ~。怪しげな術があるんだねぇ。
ある意味、アレクなんかが面白がりそう」
シャルロが手を引っ込めながら箱に顔を近づけてより詳しく観察し始めた。
「自分でちゃんと調べて研究をした後にかけるならまだしも、どう機能するかも碌に分からない変な術だぜ、アレクだって嫌だろう。
・・・まあ、あいつへのお土産に良いかもしれないが」
だけど、この術を使って変な悪戯でも仕掛けられたら嫌だな。
アレクって時々忘れた頃に思いがけない方向にはっちゃけるからなぁ。
よし。
この箱は見なかったことにしよう。
ウィルが見なかったことにしても、シャルロが見なかったことにするかが問題・・・w
でもまあ、もう少し単純に悪戯に使えそうな術が掛っている物の方が良いでしょうね、シャルロも。