402 星暦554年 藤の月 21日 旅立ち?(43)
「で?」
俺たちがバーに入って扉を閉めたら、男が言葉短く聞いてきた。
「ウィル・ダントールだ。
アファル王国から新しい航路を探す船に乗船していた魔術師の一人だ。
既に聞いているかも知れないが、今回の航海は王家の命令で始めた航路探索だ。
上手くいったから商業省が領事館を開くことになった。
既に通信器が設置されているし、これからは新しい航路を使って今までよりも多く船が直接この街に来ることになるだろう。
何か問題が起こってから対応するよりも、今のうちに顔役と話を通しておく方が全員にとって平穏だろうと思ってゼブに会いに来た」
簡単に説明する。
さて。
アファル王国からの船の話はどの程度、街に広まっているのかね?
まだ着いてから数日とは言え、館を借りたりそれなりの量の香辛料を買ったりと、目を引くような行動を取っていると思うが。
「ほおう。
水の精霊の加護持ちってお前さんかい?」
男が興味深げに聞いてきた。
おやま。
想像以上に俺たちの話が広がっているようだ。
もしくはゼブの組織の情報収集力が優れているのか。
「俺は予備さ。
ある程度は水の精霊と仲が良いが、今回同行した仲間の精霊は凄いぜ」
・・・もしかして、この地域って水が足りなくて水精霊の加護持ちに対する需要が高いのか?
まあ、シャルロには蒼流がいるから大丈夫だが。
例え誘拐するために後ろから襲いかかられたり薬を盛られたりしてもシャルロに害が及ぶことはありえない。
「西の大陸から13日でこちらにたどり着いた上に、2つも新しい島を見つけたとの話だからな。
それだけの凄腕だったら、大金を払ってでも雇いたい相手はいくらでも居るぜ?」
男がにやりと笑いながら答えた。
おいおい。
誰だよ、情報漏らしているの。
まあ、領事館と港は両方西区にあるからなぁ。
船員やその他の人間が入る酒場もゼブの息が掛っているのだろう。
これじゃあ下手したら話を通す条件として空滑機が欲しいって言ってくるんじゃ無いか?
「ちなみに、仲間に加護を与えている精霊は本当に凄いから・・・手を出すなよ?
何かの間違いでもしもの事があったら、街が水没するぜ」
まず大丈夫だとは思うが、一応警告しておくことにした。
折角見つけた交易路だ。目的地の街が蒼流の報復で水没したら元も子もない。
男が肩を竦めた。
「ゼブは顔役だぜ?周辺一帯が干魃で壊滅的被害を受けているとでも言うんじゃ無い限り、水精霊に用はないさ。
ただ、用がある人間に頼まれたら話を繋ぐぐらいのことはしても良いと考えているだけだ」
「残念ながら俺たちはもうすぐこちらを発つから、精霊使いへの仕事の話は諦めてくれ。
だが、領事館は残るしアファル王国の船も来るようになる。
そのことについてゼブと話したい」
さっさと話を進めようぜ。
「待ってな」
短くそう言うと、男はカウンターの上を拭いていた布巾を降ろし、姿を消した。
心眼で追っていくと、裏の箱をどけて落とし戸から隠し部屋へ向かうのが視える。
ふむ。
下の隠し部屋で書類と格闘しているっぽい男が上司か。
ここで右腕とかが出てきてくれたら、話が進むんだが。
同じような腹の探り合いを何人もと繰り返すのは遠慮したいところだ。
何やら男が相手に説明しているのは視えるが、残念ながら心眼では声は聞こえない。
これが王都だったら盗み聞きの出来る場所まで忍び込むんだけどなぁ。
まあ、自分に直接影響がある話じゃあないから、そこまで頑張る必要も無いか。
「あんた達、もうすぐ居なくなるのか?」
バルダンが横から小さな声で聞いてきた。
「俺達はな。
領事館は残るから、そこに居る人間に求められた情報を提供したり、雑用を手伝えばあの当たり屋の下でスリをするよりはずっと安全に、確実に稼げるだろうよ」
少なくともガキが生きて行くには十分な金は手に入るだろう。
大人になったらどうするかはこれからバルダンが考えて工夫していくことだ。
残念ながらバルダンに魔術師の素質は無いからな。
連れて帰って魔術学院に放り込むことは出来ない。
才能があったらスポンサーになってやっても良かったんだけどね。
隠し部屋の男が出てきた。
「ダブだ。
顔役に話を通す前に、どういう話になるのか、詳しく説明して貰おうか」
あ~あ。
やっぱり説明って必要だよねぇ。
面倒くさい。
ナヴァールを連れてきてあいつに話をさせるべきだったな。
でも、あいつが裏社会の常識をちゃんと理解しているか微妙に不安だったからなぁ。
まあ、おれもこちらの街の裏の常識って知らないけどさ。
どの大陸でも裏の常識が大きく変わらないことを期待しておこう。
ウィル達が居なくなると聞いてちょっと不安になったバルダン君でした。