396 星暦554年 藤の月 19日 旅立ち?(37)
「こっちだ」
宿をでて、領事館の館への案内を頼まれたバルダンが声をかけて歩き始める。
熱心だねぇ。
まあ、こいつも今日1日俺たちに付き合って、俺達をある程度は信用しても良いと判断したようなので折角の収入源に逃げられないように張り切っているのだろう。
「そう言えば、俺たちの本国への土産としてこちらのお茶を買って帰りたいんだが、市場で買えば良いのか?
それとも良いお茶の専門店とかあるのか?」
どの喫茶店が美味しいかというのではなく、どの銘柄のお茶が美味しいかなんていうのは知らないかもしれないが、一応訊ねてみる。
ダメだったら喫茶店で聞いてみればいいしな。
というか、バルダンが何と答えようと一応プロの意見を聞くという意味で、喫茶店でも尋ねてみるべきだろうな。
「外国の商人や旅行者が買い物に行く店は知っているが・・・本当に上手い茶葉は喫茶店とか貴族とか大きな商家とかにしか卸していないらしいぜ?
どうせ長距離を持って帰ったら湿気るから、一流の茶葉だって味が落ちるんだから、って異邦人向けに売っている高級店の店員が笑っていたから値段に見合うだけの品質じゃないんじゃないか?」
振り返ってバルダンが答えた。
ほう。
よくそんな場面に出くわしたな。
だが、確かに湿度の高い船で何週間も運ぶのだ。
劣化するのは明らかだろう。
学院長への土産は結界を張るなり清早に頼むなりすればどうとでもなるが、普通の商会が商業用の貨物全部に結界なんぞ張らせていたら高くつきすぎて商売にならないだろうな。
「色々買ってみると、面白いかもな。
喫茶店でも頼んでみるが、その高級店とやらも後で連れて行ってくれ」
喫茶店で買ったのや高級店で買ったのをさらに2つに分けて、一つは結界を張って完璧な状態をキープした物、もう一つは普通に運んで湿気させてしまった物に分けてどのくらい味が変わるかも試してみたい。
食材によっては発酵させた方が美味しい物だってあるという話だ。
もしかしたら船で運んで『劣化』させたら美味しくなるものだってあるかもしれない。
こちらで飲んだお茶と全く別物になっているかも知れないし。
「アレク、シェフィート商会も東大陸から入荷しているお茶とか扱っているか?」
横を歩いていたアレクに尋ねる。
「まあ、お茶って基本的にこちらの大陸産だからね。どこの商会だって扱ってはいるよ。
うちの商品を直接産地から仕入れているのはダルム商会だけど」
「じゃあ、こっちで買った茶葉をあっちで普通に買ったらどれになるかは分るよな?
結界張って湿気ないようにして持っていく茶葉と、2週間普通に海を運んだ茶葉と、今まで通り南航路経由で運んだ茶葉の味がどのくらい違うか確認してみたい」
アレクがゆっくりと頷いた。
「確かに茶葉は湿気ると味が変わるというよね。
どのくらい変わるのか、確認するのは面白いかもしれない。
学院長のお土産分だけじゃなくって、私たちの分も買って帰ろう」
おや?シェフィート商会ではなく、俺たちの分?
「おまえんちの商会の分じゃなくって?」
アレクが肩を竦めた。
「私たちは魔術師として、これからは転移門を使って自分たちの使用分ぐらいはこの街へ買い出しに来れるが、転移門を使っての商業用仕入は別勘定だからね。
シェフィート商会は私がいることを考えると、転移門を使った商売は商業ギルドから逐一見張られることになる。却って商売としては不利になるから扱わないと思うよ。
びっくりするほど美味しくて転移門を使うだけの価値があるなら、どこかの商会に情報を売りつけるかもしれないが」
なるほどね。
個人的に使ったり家族に贈る程度なら転移門で買い物に来るのは問題ないが、商業用に使おうと思うと色々話が面倒になるんだな。
「お茶だけじゃなくって、香辛料も同じように試してみようよ!
ケーキの味が変わるか、試してみたい!!!!」
シャルロが張り切って買ってみたい香辛料の名前を挙げ始めた。
おいおい。
幾ら香辛料が少量でも効果があるとは言っても、それなりに試行錯誤しようと思ったら量は増えてくるんだから、あまり欲張ると帰りの船で俺達が寝る場所がなくなるぞ?
最初は単に当たり役の大人がターゲットの選定を間違えた不幸なスリ小僧なはずだったバルダンが、妙に賢くって情報通になってきた・・・。
ま、世の中そういう偶然もあるということで!