395 星暦554年 藤の月 19日 旅立ち?(36)
「よう。
何か良い物は見つかったか?」
宿に戻った俺たちに、副長が声を掛けてきた。
船員達がせわしなく出たり入ったりしているので、次の移転先がもう決まったようだ。
「まあね。
まだ初日だから、もう数日掛けてじっくり吟味するつもりだけど、ちょっとしたお土産は入手した。
こちらの気候にあった服も買えたから、悪くない成果だったと思うぜ」
帰り道に、学院長用のお茶を買うのを忘れていたのに気が付いたが。
最初に行った喫茶店でもう少し色々突っ込んだ話を聞いておけば良かったな。
ついつい、シャルロのケーキに対する感激に引きずられてお茶のことよりも甘味の方に気を取られちまった。
まあ、シャルロのあの様子だったらこの港に滞在中は毎日あの喫茶店か他の美味しい喫茶店へ日参することになるだろうから、色々と聞く機会はまだいくらでもあるだろう。
「確かになんかこっちらしい服装になっているな。
お前にしては鮮やかな色で良いんじゃないか?」
副長の言葉に自分の服を見下ろす。
これでも店にあった服の中では地味な方だったんだが・・・。
どうもこの地方は鮮やかな色が社会的地位を示すのか、新品は色が派手なんだよね。
それが中古として何度も売買されていくうちに色があせて、地味になってくる。
ちなみに、黒は熱を吸収するとかで、服としては売ってない。
つまり、地味な色の服は貧乏人が着る物であり、地味な色の服を着ていたら店とかでも舐められてふっかけられるのだ。
まだシャルロ達みたいに明らかに異国の服を着ていればマシなんだけど。
まあ、それでもあいつらは俺みたいに灰色とか黒っぽい目立たない色が好きという訳では無いので、そこまで地味じゃあないが。
「こちらじゃあ地味な色は貧乏人しか着ないみたいだからね。
ここの気候にあった服を持ってきていなかったんで、商人にまともに対応して貰おうと思ったらこっちの慣習に合わせた服を着ざるを得ないという訳。
そう言えば、何かバタバタしているけど、領事館の場所が決まったのか?」
考えてみたら、場所が決まっても直ぐにそちらに入居できない気がするが、どうなのだろうか。
「おう。
元々、場所はこちらに別の船で来ていた商業省の人間が選定していたからな。
ナヴァールとハルツァが確認して、問題無かったから契約した。
ボロいのをリフォームして使うほどここで時間を掛ける訳にはいかないからな。
元々状態が良いのを選ぶように言ってあったから、直ぐに入居できるぞ」
色んな荷物を箱に積んで階段を降りてきた船員を顎で示しながら副長が答えた。
「・・・そんな直ぐに移動するなら、最初から宿に持ち込まなきゃ良かったのに」
完全に時間と労力の無駄だろう。
副長が肩を竦めた。
「まあ、管理責任っていうやつがあるからな。
ハルツァもナヴァールも船に置きっぱなしにしてこちらの宿に泊まる訳にはいかない物があったから、物を動かして陸の宿に泊まるか、船にそのまま泊まるかという選択肢だったのさ」
あぁ~。
ナヴァールはまだしも、ハルツァはどれだけ無駄に労力を使うことになろうと、宿に泊まりたかったんだろうな。
ナヴァールはそれに付き合ったという所か?
まあ、ナヴァールはそれ程荷物が無かったのかもしれないしな。
「場所は、西の商業地区の港寄りにある3階建ての薄緑の壁に白いボーダーの飾り石がついている建物だ。
適当に誰か荷物を持っていく連中について行ってくれ」
ふむ。
副長の説明を聞いて、バルダンを手で招き寄せる。
「西の商業地区の南寄りにある、3階建ての薄緑の壁に白いボーダーの飾り石がついている建物って知っているか?
比較的状態が良くてすぐに新しい住人が入れる状態になっている空き家のはずだ」
副長やナヴァールに此奴を使わせようと思うのなら、実際に使えるほどの情報量があることを証明する必要がある。
俺達にしても、建物とかの情報も知っているかを確認できるし。
まあ、金持ちが入るかもしれないクラスの建物の情報っていうのは裏の人間ではかなり広く共有されるからな。
知っていて当然だが。
「ダゲル家が抑えていた物件だろ?
どっかの交易商が入るかもって話だったが、あんた達が入るんかい?」
殆ど考える必要もなく、バルダンが頷いた。
「交易商ではなく、他国が交易用の領事館に使うんだよ。
この街のことをあまり知らないからな。ぼったくれる程の資産を持ち込むことはないが、ちょっとした情報を買うぐらいの付き合いは出来るかもしれないぞ?」
副長が左眉を吊り上げて見せた。
「随分と若い情報屋だな?」
「プロの情報屋ではなく、下町のスリ小僧だ。
だが、それなりに情報収集の腕は悪くないようだから、安上がりにちょっとした一般的な情報を集めるのに使えそうだが、どう思う?」
重要な商談などにおける情報収集はきちんとした情報屋にそれなりの金を払わないと必要な情報は入手できない。
だが、アファル王国の領事館がここで活動を始めるにあたって知っておきたいのは、どこの商家が良心的か、どこの店がいいモノを置いているかといった、一般常識的な情報だ。
そんな情報を情報屋から買うのは馬鹿らしいし、下手をしたら騙される可能性が高い。
それだったら割り切って街のことをよく知っている孤児を使うのも一つの手だろう。
「ふむ。
なるほどね。
取り敢えず、館の掃除やちょっとした修理をどこに頼むか、ナヴァールが悩んでいたから提案してみたらどうだ?」
副長が答えた。
確かにね。
領事館の人事やその他諸々の手配はナヴァールの方だよな。
「そうだな。
まずは此奴がちゃんと俺たちを領事館へ案内できるか、見てみるわ」
ついでに学院長の土産に向いたお茶を知らないか、聞いてみようかな?
流石に外国で喜ばれるお茶のことを下町のスリ小僧が知っているかは微妙な気がしますが・・・。