392 星暦554年 藤の月 19日 旅立ち?(33)
服のことをわやわや提案してくるシャルロとアレクには『後でね』と言い聞かせ、市場に向かう。
とは言っても。
料理にも興味は無いから、香辛料を見ても何とも感想を持ちにくいのだが。
考えてみたら、先にシャルロが話していた喫茶店を試してみて、そこで出される茶葉や使われる香辛料(使われていたらだが)について話を聞いてから市場に行く方が良かったかも。
まあでも、シャルロもアレクも興味津々の様なので先にまずざっと市場を見た方が良いだろう。
料理なんぞしないシャルロだが、ケーキ作りにどんな香辛料があると更に工夫を凝らせるかパディン夫人や実家の料理長に聞いてきたらしい。
流石だ。
甘い物に対する努力は惜しまないね~。
取り敢えず、俺は日常使い用に使えそうなスカーフとか、木細工の小物とかに目を光らせておき、後は面白そうな物があったら・・・というとこかな?
正直言って、香辛料そのものには興味はない。
そんなことを考えながらアレクとシャルロの後をついていく。
アレクはまだしも、シャルロも意外と生き生きと商人相手に色々話し込んでいる。
香辛料の鮮度がどうだの香りがどうだのなんて、お前が知っているとは凄く意外だよ。
ケーキ作りに重要なのかね?
木の枝みたいなのが香辛料で、それがケーキ作りにどう関係するのか・・・想像も付かないが。
確かに手に取ってみたら何やら良い香りはするけどさ。
最初は喫茶店で話を聞いた際にちゃんと分かるようにと思って様々な香辛料の名前や値段その他諸々の情報を一生懸命頭にたたき込んでいた俺だが、流石に2刻近くもそんなことをしていたら集中力も切れてくる。
いい加減、疲れてぼ~っとし始めた俺に、後ろから近づいてくる気配があった。
「おっと失礼」
と言ってぶつかってきた男を無視して、横から伸びてきた少年の手を掴む。
「離せ!」
暴れる少年を見つめる。
さて。
スリの現行犯というのは国によって処罰は変わってくる。
まあ、現行犯と言っても財布を掴む前に止めているので単に俺が少年の手を握っているように見えるかも知れないが。
現地の服を着ているとは言っても明らかに異国の人間である俺が、市場で貧しげな少年の手首を握っていたら何が起きたかは一目瞭然だよな。
周りの人間も同じように思っているのか、俺を責めるような視線は無い。
ぶつかってきた当たり役の男はとっくのとうに姿を消しているし。
「どうしたの?」
シャルロが声を掛けてきた。
「スリだな。
さて、どうするか・・・」
警備兵に突き出すつもりは無いが、このまま罰も無く離すのも賢くない。
『西の大陸から来た連中は現行犯でスリを捕まえても何もせずに離してくれるような甘ちゃんだ』と思われたら俺以外の連中も狙われまくる。
「スリの現行犯って刑罰は何なんだ?」
アレクが尋ねてきた。
おや?そこら辺は調べてないのか?
「さあな。
だが、スリなんぞやるのは大抵は最底辺の人間だ。そして被害者は当然のことながら金がある人間。
そう考えると、捕まった時の刑罰はかなりきつい物になっていても不思議はないぞ」
比較的温厚なアファル王国ですら、2度目に捕まれば1年間の投獄だ。
獄中の環境はかなり劣悪なので、1年でも生きて出られるかは五分五分だ。
国によっては最初に捕まったら焼きごてで烙印、二度目は腕を切り落とすなんていう国もある。
どちらにせよ、元同僚的な存在である俺からして見れば、そんな刑罰は科したくは無い。
「じゃあ・・・美味しい喫茶店と食事処を教えてくれたら許すってことでどう?」
シャルロが提案した。
スリだぜ、こいつ?
喫茶店や食事処に入って飲食を楽しむ余裕なんぞ無いはずだ。
しかも店を紹介されたところで、美味しいかどうか分かるまで捕まえておくのかよ?
思わず色々と突っ込みを頭の中で考えていたら、アレクが頷き、何やら怪しげな呪文を唱えて光をスリに照らした。
何だそりゃ?
「これでお前に術が掛った。
私達に教えた店が不味かったら、一週間後に右腕が腐り始めるから、よく考えて店を紹介するのだな。
異国の人間とは言え、魔術師を狙うとは愚かだぞ」
冷たく笑ったアレクの悪人面に、思わず一歩下がりたくなった。
うひゃ~~。
アレク、悪役似合ってるじゃん!!
スリ小僧の顔が日焼けの下でも青白くなってる。
お前さんにそんな才能があるなんて知らなかったぜ。
アレクにもちょっとした悪戯心があったんですね~。