374 星暦554年 藤の月 04日 旅立ち?(15)
「もう明日に出発だなんて。
年末休みに王都に帰ってから、早かったわねぇ」
シェイラがエールをグラスに注ぎながら言った。
何だかんだでアレクの所の年末パーティにシェイラと一緒に参加し、歴史学会の年末の馬鹿騒ぎ(としか言い様がないだろう、あのパーティは)に引きずっていかれ、そしてアレクに言われて魔術院の年末パーティにもちらっと顔を出した。
あとは適当に王都のバザールを歩いて回ったり美味しい店をシェイラと開拓したりしていたのだが、本当にシェイラの言うとおりあっという間だった。
誰かとこういう風にぶらぶらするという経験って今まで無かったのだが、意外と飽きない。
帰ってきたらまたぶらぶらしたいが、シェイラが王都にいないだろうなぁ。
遺跡発掘の仕事始めはかなり自由で、ツァレスなんかは既に2日から現場に戻っていたらしいが、シェイラは『王都と行き来するのが面倒』とのことで明日俺を見送った後にヴァルージャに戻ることにしている。
お陰で一緒に居る時間がたっぷりあったのだが・・・気が付いたら、既にもう出発は明日だ。
「準備はもう出来ているの?
一月も船の中で過ごすとなったら、着替えとか時間つぶしの物とか、ちょっとしたお酒やお菓子も持って行かないと辛いわよ~?」
俺にグラスを手渡しながらシェイラが尋ねる。
「別に洗濯は清早に頼めば綺麗にしてくれるからそれ程沢山着替えは要らないだろう?
酒は別に飲まないし、お菓子だって無ければないで構わないぞ?」
食べる物にはそれ程拘りが無いからな。
学院長の影響か、お茶にはちょっと煩くなった気がしないでも無いが、茶葉はそれなりに持って行くし、水を清早に出して貰えばお茶を淹れるのは簡単だ。
「長期の航海で食べる食事がどんな物か、ちゃんと確認した?
最低でも2週間は食糧を補給できない想定だから保存食ばかりなんでしょう?
海の長旅じゃあないけど、遺跡を求めて発掘の長期探索に出かけた人の話によると、食糧を補給できないような地域に行った時の保存食って本当に辛いらしいわよ?」
シェイラが聞いてきた。
・・・。
考えてみたら、そうだよな。
転移門は向こうに着くまで使えないのだ。となると、食糧の補給は無い。
途中で島があったらそこで果物とか採取できるかも知れないが数は知れているだろうし、船乗り(や俺たち魔術師)に野生の動物を狩って解体して食べるなんてスキルは無いんじゃないだろうか。
少なくとも、俺には無いぞ。
こういう長期航海に乗るような船乗りにはあるのかな?
見つけた島に住人がいて、言葉が通じて食糧を買い取れれば良いが、下手に言葉が通じない相手だった場合だったら近づいたら攻撃されかねないしなぁ。
しまったな。
食べ物や寝る場所は商業省が準備しておいてくれると言われていたから、あまり考えていなかった。
寝る場所は一応アレクに言われて(アレクはフェルダン・ダルムに聞いたらしい)高級だが薄くて強いハンモックを入手しておいたから、ベッドは合わなくても何とかなるはずだが。
「だけど、食糧を買い出しして持って行っても、それこそ2週間も持たないだろう?」
単に金の問題で食事がわびしくなると言う話だったら、魔術院の専門家もいるんだし、これからもきっと何かあったら頼み事をしたい上級精霊加護持ちのシャルロもいるんだから、それなりに商業省も配慮してくれるだろう。
配慮してもどうしようも無い部分っていうのは手の下しようがないんだと思う。
「食事はしょうが無いにしても、ちょっとした焼き菓子でも持っていくと大分気分が違うらしいわよ?
パディル夫人に頼んだらどう?」
そうだな。
ケーキはまだしも、クッキーだったら缶に入れておけばそれなりに持つか。
「よし、急いで帰って頼もう!」
この話が持ち上がってきたのが昼食時で良かった。まだ間に合うだろう。
これが夕食時だったら目も当てられない。
・・・つうか、どうせならもう少し早くこの話題を持ち出して欲しかったな、シェイラ。
でも、考えてみたらシャルロがお菓子はばっちり準備しているかな?
いや、シャルロが自分用に用意したお菓子だったらあまり分けては貰えないだろうな。
寮に入っていた時期だって、余程のことが無い限りシャルロが秘蔵していたお菓子は分けて貰えなかったし・・・。
シャルロは勿論、お菓子を大量に準備しています。
しかも、家の自分の部屋にも更に大量に缶に入れて準備してあり、いざとなったら蒼流にそれを持ってきて貰おうと考えていたりw
精霊は物を物理的に運ぶのはそれ程得意ではありませんが、蒼流レベルになればお菓子程度なら運べなくもないので。