372 星暦553年 桃の月 23日 旅立ち?(13)
シェイラのお父さんの視点の話です。
>>> サイド フィラード・オスレイダ
「ふぅん。
面白い男を捕まえたもんだな。
いや、シェイラだからこそ、会うべくして会ったと考えるべきか?」
手元の報告書を机の上に置きながら、思わず独り言が溢れた。
子供の中ではダントツに出来が良かった次女が若い魔術師達と仲良くしていると聞いて、3人とも軽く身元調査をした際には大した情報は出てこなかった。
だが、その3人のうちの一人と付き合うようになったようなので更に深掘り調査をさせたところ、ウィル・ダントールは中々興味深い人間であることが判明した。
前回の婚約祝い祭りの際に裏ギルドと働いていたとはね。
盗賊ギルド出身の疑いが濃厚とあったが、どうやら未だに裏ギルドとそれなりに関係を持っているようだ。
違法な行為には手を染めていないようだが、魔力と裏社会の知識が必要なグレーな範囲の捜査を時折頼まれているらしい。
依頼元として魔術学院で後見人としてそれなりに親しくしていたらしき特級魔術師のアイシャルヌ・ハートネットが多いようなので、下手をするともっと政府の上層部あたりからの依頼なのかもしれないが。
一体どんな男なのかと思ってシェイラに連れてくるようごり押ししたのだが、どうやら普通の男女の付き合いのようだった。
シェイラは賢い。
本人は歴史や遺跡にしか興味が無いが、その頭脳を悪事に染めようと思ったら王都の半分ぐらいは容易に掌握出来るだろう。
シェイラのパートナーが血を流すのに躊躇しない人間だったら、王都全体の掌握すら可能かも知れない。
裏社会に繋がっている異色な魔術師と仲良くしていると聞いたので、もしかしてシェイラの能力を悪用しようとして誘惑されたのかと心配したが、どうやらそれは不要なようだった。
「シェイラの件は一安心というところだが・・・こちらは何とも頭が痛いな」
机の上にあるもう一つの報告書を見ながらため息をつく。
本当に、シェイラが商会を継いでくれれば今頃自分は既に楽隠居として人生を楽しめていたのに。
まあ、楽隠居としての生活を自分が楽しむかどうかは微妙だが。
それでも、問題点や新規事業の芽を跡継ぎ候補者達に見つけさせるよう、出来るだけ新しいことに手を付けず、そして商会が大きすぎる痛手を負わぬように目を配っているだけの今の状態よりは確実に楽しめていただろう。
今回はウィル・ダントールのことを調べるにあたってついでに彼が一緒に仕事をしている残りの2人に関しても調べたところ、シェイラの『南航路はきな臭い』という警告の裏が見えてきた。
水の上級精霊から加護を受けているシャルロ・オレファーニ。
海を使った交易に強いダルム商会と新しい事業の企画を始めたらしきシェフィート商会の3男であるアレク・シェフィート。
そして来月からの3人が関与する、長期依頼。
魔術院のハルツァ・ウォルバが魔術院側の統括として任命されている上に、商業省が依頼元となると、これらが意味することは明白だ。
「東大陸への新規航路と、転移門の設置か・・・」
あと10年早かったら、どんな手を使ってでもこの企画に食らいついて更にオスレイダ商会を更に大きくしたのだが。
だが、今となっては下手に自分が活躍しすぎると、次世代で商会が潰れかねない。
しっかりと跡継ぎになる人間に、周りの状況を見極めて情報を集め、必要に応じて損切りをしつつ新しい事業を開拓する手腕を身につけさせなければならない。
外部からの目もあるし、『誰が有能か』という判断はどうしても明白な客観性を持たせることが難しい。
明らかに有能で子供の頃から片手間にもそれなりに稼いでいたシェイラが跡継ぎになってくれれば楽だったのだが、彼女が家業から飛び出してしまった今となっては出来れば長男のジャムールが跡継ぎとして自分の二本足で立てれば良かったのだが・・・。
どうやら、あれは駄目だな。
ワインをグラスに注ぎながら再びため息をついた。
中間管理職として既存の事業を維持する程度の事なら出来るが、自分から新規事業の芽を見いだして行くという想像力が無い。
しかも、既存の事業の根本的な条件が危ぶまれても、都合が悪いことに目をつぶってそのまま進もうとするなんて・・・何か不利なことが起きたら商会を道連れにして自滅するのが目に見えている。
しかも虚栄心が強すぎるので有能そうな部下を上手に使うと言うことも出来ないし。
部下が新しいことを提案してきても握りつぶすか横取りして失敗するかでは、商会のトップとしては話にならない。
「さて、誰かがちゃんと情報収集していてくれるとこれから楽になるんだが・・・」
自分が跡取り争いをしていた頃は、商会や一族だけでなく商業協会や競争相手など、あらゆる所に情報源を培って何か普段と違う動きがあったら知らされるようにしていた。
商会のトップとして動くために、今でもその情報網は活動させているし、より深く、広くするよう日々努力している。
最終的には商会の後継者にこの情報網を譲ることになるが、出来ることならば跡取りになる人間には自分で情報網を構築して貰いたい。
情報網が必要であると言うことに気付き、何らかの形でそれに向けて動いていくぐらいでなければ、変化の厳しい時代を生き抜けないだろう。
甥と末息子もそれなりに跡取りになろうと努力はしているようだが・・・どちらかが、今回の話に気付いて面白い提案を持ってきてくれることを期待するとしよう。
シェイラの家族の話は前回で終わりのつもりだったんですが、ちょっとお父さんの視点も入れたくなったのでオマケです。