037 星暦550年 赤の月 10日 報告
能力というのは、持っていればそれを行使することを期待される。
行使を頼まれて断るのは敵対するにも等しい。
魔術師という、特異な能力を持った人間にとって『誰を信頼』し『誰の為に一肌脱ぐつもりがあるのか』というのは良く考えておくべきことだろう。
学院ではそういった心構えを教えないつもりなのかな?
それとも3年の時に習うのだろうか。
シェフィート家の社印は思っていたより地味だった。
今までにも何度か仕事で拝借したり取り返したりしたことがあったが、魔具であることから高級品である上、重要な契約を捺印する場合に使う物だから、今まで見てきた物はどれも思いっきり見栄を張った作りだったのだ。
それに比べ、こちらはかなり実用的。
シェフィート家ほどの大物になったら態々見栄をはる必要がないのかな?
ついでだったので魔具としての作りを細かく視てみる。
確か、話によると社印の作り方は理論としては授業では教えるが、実技ではやらないはず。
社会的に重要な魔具であるだけに、偽造できる技能を持つ者を増やさぬ為に学院の授業では教えないらしい。
社印作りになりたかったら職人のところに弟子入りして技術を盗まなければいけないらしい。
社印作りで生計を立てていこうとは思わないが、魔具としては面白いものなので構造を視ておいて、暇な時にでも作ってみたい。
・・・暇な時にやってみたいプロジェクトが山ほどあるよなぁ。
今度、リストを作っておかないと絶対に忘れそうだ。
長は相変わらず机で仕事をしていた。
「これ、俺からアレクに渡しておくということでいいですか?
それともギルドの方から長男へ直接渡します?」
音を立てずに部屋に忍び込んだ俺に驚く様子もなく、長がペンを置く。
「お前から渡しておけ。
料金は金貨1枚だ。あとで銀貨4枚を持って来てくれよ」
金貨一枚か。
下調べもしなかったから1日の拘束時間で終わった仕事だと思えば、ちょっと高いという気もしないでもないが・・・下調べが無かった分危険があったからな。
それに、長男にとっての重要性から言ったら金貨1枚なんて安いものだろう。
アレクのおこずかいから考えるとどのくらいなのか知らないが。
ま、社印を渡す時に長男がアレクにその分払うだろう。
「ところで、あの次男ったら凄い情報持ちですね。明日からでもライバルギルドを始められそうでしたよ」
長はあの隠し部屋の事を知っているのだろうか?
「ほほう。次男がどこかに大量の裏情報を集めていると聞いたことがあったが、あの別邸に置いているのか」
知らなかったみたいだな。
しっかし。
今まで自分の情報に関しては周りに流れないように細心の注意を払ってきた。だが、他の人間の持っている情報なんてあまり興味を持っていなかったのだが・・・改めて、ああいう風に集められると思いがけない世界の裏からの姿が見えて、面白い。
いつの日か、長の書類保管室にも忍び込んでみたいものだな。
下手をすると自分の処刑文書にサインしていることになるかもしれないから実行しない方がいいだろうが。
寮に帰って、アレクの部屋へ直行する。
「受けるってさ。何か、保管場所に心当たりがあるらしいんで、うまくいけば明日の晩には取り返しているかもしれないって」
アレクに『盗賊ギルドの返答』を伝える。
「そうか」
ふぅぅ。
大きく息を吐いて、アレクがベッドに腰掛けた。
「ありがとう。この恩は忘れない」
「別にいいさ。次回に俺が困っている時にでも助けてくれ。
ところでさぁ。
アレクの次兄ってどのくらい真剣にシェフィート家を継ぎたい訳?」
おっと。
アレクの家のことに口をはさむつもりは無かったのだが、気が付いたら好奇心から口を滑らせていた。
「次兄に関しては・・・分からない。何か、ギルドで聞いたのか?」
アレクが髪をかきあげながら尋ねた。
「う~ん・・・。はっきりとは何も言われなかったけど、俺が話したギルドの人間は、アレクの次兄のことをそれなりに『裏』から見ても凄腕だと認めているような印象だったんだよね。
シェフィート家の家督を継いだというのならまだしも、まだ才覚を示す為に鎬を削っている最中の若い世代の人間が、ギルドの人間にそれなりに知られているとなると・・・裏のことにも足を突っ込んでいるのかな?と思ってね。
裏にも足を突っ込んだ人間が本当に家督をつきたいんだとしたら社印を隠すなんて、やっていることが甘いな、と思ったんだけど」
アレクが首をかしげた。
「甘いか?」
そっか。
アレクから見たら、重要な契約合意の目前に社印を盗むなんて、十分重大な悪事なのか。
・・・長兄の手伝いをしてブレーンになるつもりならもう少し世の中を知った方がいいぞ。
「裏に伝手があるなら、相手方なり長兄の部下なりを脅して話が破綻するよう仕向けさせれば良かったんだ。それをやっていないと言うのは・・・どのくらい本気だったのかね?」
「そうか・・・」
アレクがぼんやりと呟いた。
「ちょっと、兄たちが何を考えているのか観察してみるよ」
うん、頑張って観察しておくんだな。
それなりのレベルの魔術師に上がっていけば、家族からそれなりに後ろ暗いことを手伝うように頼まれるかもしれないんだ。
頼まれた状況になって初めて考えるのではなく、今のうちからシェフィート家の誰を信用するのか、考察しておく方がいいぞ。
「そういえば、費用は金貨1枚だそうだ。直ぐ用意出来る?一応分割払いも可能ではあるらしいけど」
「大丈夫だよ、お金に関しては」
アレクが苦笑しながら答えた。
「ここのところ忙しくて、お金を使う暇もなかったんでね。十分お小遣いと資金運用からお金を工面できる」
いいねぇ、リッチな人は。
ま、俺にとっても銀貨6枚の収入だ。
悪くない。
翌日、社印を何食わぬ顔をして渡し、アレクに物凄く感謝された。
目に微妙に涙が浮かんでいたぞ、アレク。
何事もそこまで重要視しない方がいいんじゃない?