369 星暦553年 桃の月 21日 旅立ち?(10)
「別に無理に家族に会うことはないのよ?」
馬車を降りながら、シェイラが言った。
はぁぁ。
思わずため息が漏れそうになったのをすんでの所で単なる呼吸音に抑える。
年末の休みと言うことで、19日がシェイラの仕事納めだった。
そこで王都に帰ってきて適当にあちこちぶらついたり、買い物したり美味しい物を食べに行こうと話していたのだが・・・。
何故か、シェイラの家族に会いに行くことになってしまった。
昨日シェイラが父親に会いに行ったのだが、南航路のリスクに関する話をしに行ったはずなのにいつの間にか親父さんが俺に会いたいという話にすり替わっていたそうだ。
シェイラを煙に巻く(とは違うか。でも、単なる誘導ではなかったとシェイラは主張している)なんて、流石はシェイラの親父さん。
なんかなぁ。
付き合っている女性の家族に会うなんて、初の体験だから気が重い。
しかも、今回は東大陸への新規航路開拓の話が絡んでくると、面倒なことになるし。
別に知り合いが新規航路に参加するなら利便を図っても良いとは言われているが、シェイラの家族との付き合いが利益を提供することから始まると、お互いの関係が利益に基づいた物になりそうで、嫌なんだよねぇ。
下手をしたら、サリエル商会のジジイみたいに俺を後ろ暗い事にも利用しようとするかも知れないし。
いや、別にガルヴァ・サリエルは面と向かって俺にヤバいことの手伝いをして欲しいと要求してきた訳ではなかったが。
でも、あのおっさんだったら、娘と俺が親しくなったらそれとなく『協力』を求めてきた可能性は高いと思う。
最初の出会いから、シェイラの家族を切り捨てるような形になるとしたら、嫌だなぁ。
シェイラは『家族の要求なんて切って捨てて良いのよ。と言うか、切って捨てなさい。家業から離れた娘の恋人から利便を図って貰わないと立ち行かないんだったらさっさと事業から撤退するべきなのよ』と言っていたが。
流石にそれもねぇ。
「やあ、シェイラ。
よく来てくれた。
君がウィル君かね?」
門をくぐって入り、応接間へ案内される途中に廊下でばったり中年の男性にあった。
どうやら、これがシェイラの親父さんらしい。
廊下で会うって・・・砕けた雰囲気を作る為に、態々待ち伏せしたのか?
「あら、お父さん。
随分と腰が軽いわね。いつもは呼びに行くまで姿を現さないのに。
まあ良いわ。
ウィル、こちらが父の、フィラード・オスレイダよ。
お父さん、もう分かっているでしょうけど、こちらがウィルよ。
親しくして貰っている友人よ」
シェイラが『友人』を強調しながら紹介した。
単なる友人なんだから、過分な要求はするなと言う警告かね?
だけど、単なる友人だったら態々家まで呼ばれて紹介されないぞ。
「ウィル・ダントールです。
シェイラとは親しくさせて貰っています」
大人しく普通の挨拶をして握手に手を差し出す。
「ウィル君か。
フィラード・オスレイダだ。よろしく。
色々と変わったところがある娘だが、無茶は言われていないかね?」
にこやかに俺の手を取りながら、親父さんが聞いてくる。
最初の激安依頼の他は、特にシェイラに無茶ぶりされたことは無いんだが。
シェイラって無茶ぶりするタイプだと思われているのか?
「いえ、依頼で遺跡発掘の手伝いをしていた時以外は、シェイラに何か要求されたことはありませんよ?」
フィラードがちょっと驚いた顔をした。
シェイラってそんなに色々要求する人間だと家族には思われているのか??
「そうか。それは良かった。
これからもシェイラと親しくしてくれ」
にこやかな親父さんに応接間へ案内されたら、そこに若い男が待っていた。
シェイラと似ているが、ちょっと年上かな?
兄貴という所か。
「やあ、こんにちは。
シェイラの兄のジャムールです。
これからもよろしくお願いします」
にこやかに手を差し出された。
なんだろう。
挨拶は親父さんのと殆ど変わらないんだが、なんとはなしにこっちの方が押しつけがましい気がする。
親父さんの『よろしく』は単なる挨拶なのに対し、兄貴のは『宜しくしてくれ』という要求が含まれているような印象だ。
まあ、気のせい・・・だよな?
お兄さんが応接間で待っているのを知っていたので、先に廊下で会うことを画策したお父さんでした~。
その理由は・・・?