367 星暦553年 桃の月 9日 旅立ち?(8)
ウィルの視点に戻ってます。
「いい知らせがあるぞ」
との通信で学院長に呼び出された。
「シャルロの技能報酬としての金貨50枚は『うっかり』伝え忘れていただけらしい」
お茶を淹れながら学院長が言った。
「『うっかり』ですかぁ。
商業省ですか、それとも魔術院の方ですか?」
金貨50枚を『うっかり』忘れるかよ。
「あの転移門の担当者だ。
それなりに有能らしくてな、妻がやっと妊娠できて浮ついていたのだろうとのことだ」
お茶の入ったカップを俺に差し出しながら学院長が肩を竦めた。
ふうん。
あのハルツァがねぇ。
そういうことに手を出すタイプには見えていなかったから、出来心ってやつかね?
しっかし、最終的には契約書を交わして報酬額もそこに書き込まれることになるんだから、ばれると思うんだけどな。
それとも年末のゴタゴタでどさくさ紛れに誤魔化して契約書を交わさないつもりだったのか?
だが、契約書を交わさなければ報酬そのものを払うのが難しいと思うが。
「まあ、シャルロには伝達不足だった技能報酬があったよ~と伝えておきますよ。
ちなみに、商業省の方への連絡は出来そうですか?」
カップを口へ運ぼうとしていた学院長の手が止った。
「商業省か。
・・・ナヴァール・ザルガだったか?」
おやぁ?
忘れてたな。
「ええ。
知り合いの家族にそれとなく南部航路にあまり金を入れ込みすぎないように警告するのは大丈夫か、知りたいので」
シャルロの技能報酬なんて俺には直接関係ないんだよね。
シェイラの方が今回の問題としては重要。
同じ精霊の加護持ちとして、学院長としてはシャルロが騙されそうになったことの方が重要だったみたいだけど。
まあ、俺も一応精霊の加護持ちとして役に立つ知識を身につけることが出来たけどさ。
ため息をつきながら学院長が引き出しを開けて、通信機を取り出した。
何やら操作して、通信機に向かって使い始める。
「ああ、ゲレットか?
久しぶりだな、奥さんはいかがしている?
実は、ちょっと頼み事があるんだが。
今度そちらが企画している新航路開拓の事業に、私の教え子達も参加することになってね。
機密要項に関して確認したいことが出来たから担当者のナヴァール・ザルガとか言う人間と話したいと商業省に行ったらしいのだが、忙しいから2週間後まで会う約束すら出来ないと秘書に門前払いされたらしいんだよ。
そう、それで泣きつかれてね。
ちょっとナヴァール・ザルガに私か、ウィル・ダントールの方へ連絡するよう伝えてくれないかな?」
何やら通信機から向こうから声が漏れ聞こえるが、相手の言っている内容は分からない。どうやら学院長の通信機はプライバシー結界付きのようだ。
「ああ、ジーナにもよろしく。
年末のパーティで会うのを楽しみにしているよ」
何やら親しげな別れの挨拶と共に学院長が通信を切った。
「これで直ぐに連絡が来るだろう。
ゲレットはさっさと頼まれ事は済ますタイプだからな」
お茶を一口飲んで、学院長が肩を竦めた。
「ちなみに、このゲレット氏って誰です?」
学院長が親しげな人っていうことはそれなりに上の人間のような気がするが。
「ああ、商業省の大臣だ。
あまり小さな案件だと大臣に話を持って行っても中々通じないが、流石に東大陸への新規航路開拓となれば大丈夫だろう。
ゲレットも直ぐに担当者のことが分かったようだし」
うひゃぁぁ。
ナヴァール氏、可哀想に。
休暇中なのか単に忙しいのか知らんが、突然大臣からの呼び出しかよ。
・・・まあ、それなりに重要な案件の担当者なんだ。
きっと大臣とも顔見知りでそれなりに報告とかしているに違いない。
大臣からの通信も、それ程ショックでは無い・・・と期待しておいてあげたいところだな。
「どうもありがとうございました。
お礼に、美味しそうなお茶と酒を探しておきますね」
「期待しているよ」
既に手元の書類を読み始めた学院長に軽く手を振って、部屋から出る。
アレクにでも、向こうの大陸のことを知っている人間がいないか聞いてみようかな。
前もってリサーチをしておく方が向こうに着いてから効率よく探せそうだ。
大元のウィルのリクエストを忘れていた学院長でしたw