363 星暦553年 桃の月 6日 旅立ち?(4)
>>>サイド シェイラ・オスレイダ
朝食を食べた後に発掘現場の中央テントで資料を整理していたら、ツァレスが姿を現した。
まだ半分寝ぼけているっぽい。
折角寝ぼけているので、目覚ましのお茶は勧めずにさりげなく声を掛ける。
「あ、ツァレスさん。
これから数日、ウィルがこちらに来て手伝ってくれるそうなんで、その間にまだ確認出来ていない巨木の幹を見て回りますね」
折角恋人が来るのだ。
自分が一緒に時間を過ごせ、かつ発掘にとって有益な作業を先に決めておかないとツァレスにウィルを横取りされかねない。。
なんと言っても無料で手伝ってくれる魔術師というのは遺跡発掘には非常に便利な存在なのだ。
ウィルは心眼で遺物を見つけるのが得意だが、それだけで無く固定化の術を掛けてもらったり、書物などの複写をして貰っても良いし、ツァレスとしてはウィルが個人的に持っている記録用魔道具を使って貰うのも期待したいところかも知れない。
「え、ウィルが来るのかい?」
まだ半分寝ていてこちらの言葉もきちんと聞かずに足を進めていたツァレスが、テントの出口で立ち止まり勢いよく振り返った。
あら残念。
報告したのに聞いていなかったという形に出来れば、5日程度ウィルを独占できるかもと思っていたのに。
「何やら来月から長期的な仕事が入ってしまって暫く連絡も取れなくなるらしいので、その前に私と時間を過ごすために来るそうです」
さりげなく『私と』を強調しながら答える。
ツァレスが首を傾けた。
「へぇ~。
あれだけ通信機や転移門を気軽に使っているウィルが、連絡も取れないような長期的仕事?
どっか国外へ行く外交団の護衛魔術師みたいなことでもするのかな?」
護衛魔術師なんて役割、あるのかしら?
と言うか、正式な外交団だったら軍属の魔術師が同行しそうなものだけど。
「さあ、私も詳しくは聞いていないので。
彼が着いたら聞いてみますね」
・・・ツァレスに伝えるかどうかは別として。
◆◆◆◆
ツァレスが出て行って間もなく、ウィルがテントに現れた。
「おはよ~」
「あら、早かったわね。
おはよう」
立ち上がってハグをしてから、お茶の準備を始める。
折角会いに来てくれたのだ。
出がらしでは無く、ちゃとしたお茶を淹れてあげよう。
「天気が微妙そうだったから、空滑機で飛んでくるのは諦めて分解して転移門で持ってきた」
肩を竦めながらウィルが答える。
「今回はどのくらい居られそうなの?」
年末には王都に戻って家族にも会いに行く予定だったので、ウィルに会えるとは思っていたが、それより早く会えたのは嬉しい。
「来月の5日から1月ほど国を出ることになったんだ。
だからそれまでは準備期間。
シャルロが婚約や結婚の準備で色々と忙しいから、無理に開発の作業をするよりも各々やりたいことややるべき事を片付けておこうって話になったから、年末近くまで居られる。
シェイラはいつまでここで働いているの?」
シェイラの斜め前の椅子に座りながらウィルが答えた。
壁際が好きよねぇ、この人。
正面にも椅子があるのに。
お茶をポットから注ぎ、手渡す。
「国を出るって・・・本当に外交団に参加するの??」
外交団に魔術師が同行するなんて話はあまり聞かないけど。
口ぶりだとシャルロも行くみたいだし、3人で雇われたのかしら?
お茶を受け取ってそれに口を付けようとしたウィルが動きを止めた。
「あ。
どこまで話して良いのか、確認してない・・・。
取り敢えず、他の人には年初に長期の仕事で出るから、年末までここに遊びに来たって言っておいて」
あら?
ただの外交団ではないのかしら。
まあ、普通の外交団だってあまり話して回って良いことでは無いか。
「で、実際のところは?」
ウィルが肩を竦めた。
「商業省が、南を経由しないで東の大陸にたどり着く新しい航路を開拓することにしたようだ。
魔術院に水精霊の加護を持つ人間の同行を依頼したら、シャルロが指名された訳。
俺たちは、航海中に周囲に何か役に立つ島とかが無いか見て回る空滑機乗り要員。
遠いから、流石に船から通信機で連絡を取るのは難しいと思うんだよね」
南を経由しない、ね。
つまり、前回の婚約祭りの際に散々ウィルが働く羽目になった怪しげな破壊活動は、ガルカ王国がやっていたと言うこと?
新しい航路が開拓されれば、一気に東の大陸との交易が広がる可能性があるわね。
しかも、ガルカ王国との仲が更に険悪になると言うのなら、旧航路を使っている商会はかなりの不利益を被るかも知れない。
あそこの国は、海賊の振りをして他国の小さな商会の船を襲撃しているという噂が前からあったからねぇ。
一応、年末に実家に帰った際に、オスレイダ商会が南回りの航路に出資しすぎていないことを確認しておくべきかな?
「ウィル。
その新しい航路の開拓って人に話しても良い案件なのか、確認して貰える?
口外するのは厳禁というのなら諦めるけど、出来れば実家が大損しそうだったら警告ぐらいはしてあげたいから」
ウィルが肩を竦めた。
「分かった。
まあ、アレクに『シェフィート商会が参加したいなら大歓迎』って商業省の人が言っていたから、絶対に秘密って訳では無いと思うけど・・・聞いておくよ」
そうか。
アレクも参加しているということは、シェフィート商会が関わる可能性が高い訳ね。
・・・オスレイダも一口加わらせて貰うよう、そそのかすべき?
いや、変にこれからも商売の種や仲介を期待されたら困るから、大損しないことだけど確認しておけば良いわね。
実家に大損して貰いたくはないですが、商売に巻き込まれたくないシェイラです。