361 星暦553年 桃の月 5日 旅立ち?(2)
「補給等の準備や転移門の部品の作成にかかる時間もあるので、出発は年を開けた藤の月5日を想定している。
準備期間の間に、シャルロ・オレファーニ殿、君には加護精霊に東の大陸の方向にある水を補給できる島の位置を出来るだけ多く、そして遠くへ尋ねておいて欲しい」
昼食後に指定された魔術院の会議室へ行った俺たちを迎えたのは、商業省のナヴァール・ザルガという人と、魔術院のハルツァ・ウォルバだった。
確か、魔術院で転移門に関して一度だけ外部講師が来てなんちゃら色々と話していたが、その時に来た魔術師だったかも知れない。
講義の内容はまだしも、話し手の方にはあまり関心が無かった上に一度きりだったので、自信は無いが。
「水だったら僕が出せますよ?
まっすぐ東なり南東に進むんじゃ駄目なんですか?」
シャルロが首をかしげて尋ねた。
「君が乗っている船だけがたどり着けるのでは、交易ルートとしては成立しない。
嵐が来た際の備えという程度の魔術師の助力だけで、普通の交易船が航海できるルートでなければならないので、出来れば船を動かすのに関しても水の補給に関しても、魔術師殿達の助けは借りなくても進めるよう、東に向かっている海流や補給が出来る島を探したいのだ」
商業省のナヴァールが説明した。
まあ、そりゃそうだよな。
シャルロがシェフィート商会なりと手を組んで、東大陸との交易で荒稼ぎするためにこれから暫くずっと船に乗り続けると言うので無い限り、水精霊の助けを前提とした航海ルートなんて使えないだろう。
幾ら最短距離で海を突っ切って東の大陸へたどり着き、『東の大陸へ南回りでなくてもたどり着ける』と証明したとしても、『水精霊の加護があれば』なんていう前提条件付きでは意味が無い。
「俺とアレクは何のために参加を求められているんですか?
シャルロの精神的サポートだとしたら、そこまでシャルロは柔じゃあないですよ?」
魔術院のハルツァに尋ねる。
今回の話そのものは商業省から出ているが、俺たちを指名してきたのは魔術院だ。
「転移門の設定には座標の極めて正確な特定が必要なんだ。
だから移動している間も私は航海士と協力しながら自分達のいる座標を特定し続けておく必要があるし、王都からの距離が想定を超えた場合は転移門の部品の一部に修正を加える必要もある。
だから航海の最中に他のことをやる余裕は無いと考えて貰いたい。
君たちには、出来れば今回の航海ではルート周辺に何があるかを確認する為に空滑機で定期的に飛んで情報を提供して貰いたいと思っている」
空滑機って別に魔術師じゃ無くても飛べるんだけどなぁ。
まあ、俺たちが飛ぶんだったら極端に沢山の魔石を持って行かなくても自分の魔力や精霊の助けを借りて何とか出来る範囲が増えるが。
空滑機のレンタルっていうのはビジネスとしてやっているが、人のための調査をやる『空滑機乗り』っていう職業は無いからなぁ。
今回みたいな需要が他にもあるんだったら、誰か空滑機が好きな客にでも声を掛けて提案してみると良いかもしれない。
「私が行くとなったら、あちらでシェフィート商会の取引を纏めてくる可能性がありますが、構わないのですか?」
アレクがナヴァールに尋ねた。
「構わん。
初回はまだしも、その後に交易ルートを軌道に乗るまではそれなりにリスクの高い事業だからな。
シェフィート商会が参加してくれるならば、こちらとしても助かる」
ナヴァールが肩を竦めながら答えた。
ふうん。
国家事業として交易で荒稼ぎするつもりは無いのか。
南経由のルートが使えなくなっても問題が無いように準備するだけで、後は民間で頑張れってところかね?
それこそシェフィート商会だったらセビウス氏がダルム商会の御曹司と仲が良いから協力できるかも知れないし。
・・・ダルム商会ってあれからどの程度立ち直ったんかね?
あの新型船をあっさり修理できたんだったらそれこそこの新しい航路でビジネスが出来そうだが。
「ちなみに、今回の航海ってどの位の時間が掛る想定なんですか?
俺たちにもそれなりに個人的な予定があるんですが」
シャルロは結婚の時期とかがあるだろうし、俺だって長期的に留守にしてシェイラに忘れられるのは嫌だ。
アレクの予定は・・・知らんが。
「一応、前回行ってきた商船が、東の大陸を南の諸島から北上してあの大陸の西側の座標を確認してきた。
それを元に推測すると、1月程度で帰ってこれる可能性は高いと思う」
ナヴァールが答えた。
「この座標から計算した航海の時間ってどの位正確なんですか?」
船の事なんて全然知らんからなぁ。
ある意味、知っている船の事例って沈んだ船の話だけなので、ついつい悲観的になってしまう。
「シャルロ殿の水の精霊の助けがあれば補給も海流も無視して進めるから、丁度良い補給地点が見つからなくて力業で進むことになるとしても、1月で帰ってこられる。
ただし、その場合はあちらで転移門を設定しておき、また船を出して補給地点を探すことになるが。
その場合は補給地点を探しながら多少遠回りをして東の大陸に行き、船乗り達が休んでいる間に魔術師殿達は転移門で一時的に帰国しても良いぞ」
ナヴァールが肩を竦めながら答えた。
それってさぁ、結局帰りのルートでも手伝いが必要だから転移門で帰ってきてもまたあっちに戻って船に乗る必要があるって事だよね?
うぇぇ。
出来れば一度で全部済ませたいなぁ。
でもまあ、今回は1ヶ月で帰れる訳か。
「かなり長期的に我々の時間が拘束されますが、報酬はどのようになりますか?
また、シャルロにもしもの事があった場合や彼の都合が悪くなった場合に、代わりになれる精霊使いはいるのですね?」
アレクが尋ねる。
「水の精霊の加護を持っている若い魔術師と言えば、そこに居るウィル氏だろう?
丁度良いじゃないか」
ハルツァが答えた。
あ、やっぱりそう来る??
清早の事は誰も言わないから、もしかしたら魔術学院から魔術院へ話が流れてないのかも?と期待していたんだけど・・・やはり流れていたか。
つまり、シャルロが結婚式なり家族の不幸なりで参加できなくなっても俺は抜けられないのね~。
はぁぁ。
アレク、頑張って良い報酬をもぎ取ってくれ。