348 星暦553年 橙の月 17日 これも後始末?(8)
>>>サイド 青
「あ~。これ、破壊用の魔具だわ」
15番目の上水道の分岐点の確認に来たウィルが、部屋に降りてきた途端に声を上げた。
ただし、他の人間が見ていた水圧を制御している仕組みのところではなく、部屋の端でパイプが壁に入っていくところを指さしている。
幽霊と言う二つ名を持っていたものの、自分が知っていた少年は捕まらないことに関しては誰にも負けないというだけの新米盗賊だった。
非常に用心深く誰も信用していなかったし、時々驚くような盗みを成功させていたりしたが、全般的にはまだそれ程注目に値する盗賊ではなかったのだが・・・。
魔術院にテストの回答を盗みに行くという馬鹿々々しい案件で失敗してから、奴の人生は一変したようだ。
今では盗賊ギルドの長だけでなく、軍の情報部や特級魔術師から依頼を受けるほどにもなったのだから。
以前の禁呪がかかわった連続殺人事件の時、何も無いところから痕跡を見つけていく様子に中々大したものだと思ったが、今回も役に立ってくれそうだ。
まあ、ギルド長の右腕たる自分が子守で付いていくのだ。
当然、それなりの働きをして貰わなくては。
「キーになる魔力を通したら中に入っている強酸が放出されて、パイプとその下に穴を開ける仕組みだな、こりゃ。
爆発音とかはしないし、下にも穴を開けていくから漏水元としての発見が遅れたかも知れないが・・・。ここの水を止めたらどこに影響が出るんだ?」
巧妙に隠された飾り蓋を外して壁にはめ込まれた魔具を暫く沈黙して眺めていたウィルが、解説し始めた。
ふむ。
毒の混入ではなく、破壊ねぇ。
しかも、爆破音をさせずに。
「ここだと・・・西側の染色工房が集まっている辺りだな」
何やら図面を見ていたファルータの裏ギルドの男が答えた。
「染色工房か。
火でも放った上で、水も止めて全焼させようという所か。
祭りの最中だったらあまり人も居ないだろうし、消火に手間取っただろうな」
ファルータの織物の染色は中々有名だ。
ガルカ王国は人間では無く、産業を狙うつもりなのか?
ガルカ王国との戦争に備える軍費を賄うためにも、代々のファルータ公爵は産業促進に熱心な人間が多かったと聞く。
標的となる産業は色々とあるはずだ。
ウィルがうんざりしたようにため息をついた。
「もしかして、要注意な潜在的標的が思っていたよりも多い・・・?」
「だろうな。
ノンビリ夕食を取る暇は無いかもしれんぞ」
若い魔術師の耳が微妙に赤くなるのを楽しみながら、からかう。
下町出身の癖に初心すぎて笑えるんだよな、こいつ。
こちらを睨んでから、ウィルが裏ギルドの男の方に向き直った。
「強酸さえどけてしまえば、この魔具の威力そのものはパイプに影響がある程ではないから、容器を持ってきて強酸を移しちまえば問題無い。
その方が、相手にもこの魔具の存在が発覚したことがばれないで済むし。
そちらで何とか出来るか?
難しいっていうなら俺がなんとか出来ないことも無いが、そうすると他の分岐点とかを見て回る時間が厳しくなると思う」
というか、面倒なだけだろ?
強酸の扱いなんぞ、どの街の裏社会にも馴れた人間が何人かはいるはずだ。
分かっているから『手伝えなくは無い』とは言いつつも手伝いを頼まれない言い回しにしている。
余程、時間を取られてデートが出来なくなるのが嫌なんだな。
まあ、面倒なだけかも知れないが。
しかし、魔術師と言うのは強酸の扱いまで出来るのか。
ちょっと驚きだ。
魔術でも強酸を扱えますが、ウィルは頼まれたら清早に中和して貰う予定。
でも、頼まれたくないからさりげなく言い回しを工夫してます。
忙しいファルータの裏ギルドに同情してますが、自分のデートの予定は潰したくないのでw