315 星暦553年 緑の月 16日 でっち上げの容疑(15)
皇太子の視点です。
>>>サイド ウォルダ・ダルヌ・シベアウス・アファル
「・・・儂の跡取り息子の父親は、誰なのです?」
ファルータ公爵の質問にため息が漏れた。
身から出た錆とは言え、己の若き日の過ちが国を左右するような事態に繋がるとは・・・頭が痛い。
自分が幼かった頃に父王や教育係のアイシャルヌ・ハートネットに何とも言えぬ目で見られたことがあったが、自分も息子に対して同じような経験をするようになるのだろうか?
自分の過ちが、この南部の重鎮を国の転覆か・・・自殺行為へと走らせたのは事実だ。
国印つきの文書でアファル王国へ他国の侵攻を助ける約束をした公爵の命は既にどうしようも無い。
馬鹿正直に公爵の謀反の背景を公表するわけにはいかないが、少なくともこの場では誠実に対応したい。
「・・・分からぬ。
公にあれが嫁ぐ直前に、ちょうど前線へ出ることになってつい二人して感極まってしまってな・・・。
後からの手紙によると可能性は十分あるが確実にどちらの子とも言い切れなかったようだ」
まあ、妊娠の知らせを受けた時期にはまだティリアも『政略結婚の為に運命の恋人と切り裂かれた自分』というものに酔っていたので政略婚の相手よりも、『運命の恋人』である自分の子である可能性が高いと思いたがっていたようだったが。
数年後に王都での催しで会った際には、どちらかは彼女自身も分からないと苦笑しながら認めていた。
こう考えると・・・出産の際の危険があるとは言え、貴族や王族は母系で伝えていく方が確実に血統が保たれるな。
まあ、王家の場合は最終的に王位に就く前にダルファーナ神の神殿長となれるだけの王家の血を引いているかは確認するので、王家の血を濃く引く上位貴族との不義の子でない限り発覚しているだろうが。
ファルータ公爵が深く息を吐いた。
「戦場へ行く前の盛り上がりですか。
少なくとも、私の許嫁と長期的に不倫を働いていたのではないのですな。
一度裏切り行為に対する疑惑が生じると、色々と考えが沸いてくるものでしてね。
鬱々と考えている間に、自分の血を引かぬ者にファルータ公爵領を残すのかも知れないという可能性が何とも許しがたく思えてきて・・・。
ですが、前妻の手紙もそれらしきことを匂わせていただけで、単なる思い違いかも知れないと思うと長男を殺すことも思い切れず、色々悩みました」
確かに、確実に不義の子と分かっているのだったら事故を装って殺させれば、後妻との子供が後を継ぐことになる。流石にそちらは不義の子ではないだろう。
分からないというのは本当に苦悩の根源だな。
・・・自分も正妃を娶ったら、不義をされぬよう見張っておく必要があるな。
まあ、不義の子だとダルファーナ神における神殿の儀式で発覚すると脅しておけば大丈夫かな?
「そんなこんなで考えている間に、私の足に凝りが出来ましてね」
宰相が身じろいだ。
「前公爵も以前、凝りが出来たと話しておりましたな。
だが、余程場所が悪くない限り、そのような物は切除してしまえば良いのでは?」
公爵が肩を竦めた。
「止血の術が改善して、そういった切除が可能になってもうかなりの年月が経っているが、ファルータ公爵家の人間は代々かなりの確率でそれが原因で命を落としているのですよ。
ある意味、子爵に凝りが出来れば儂の子であることが確定すると言えますな」
ふむ。
遺伝性の何かなのか。
「まあ、医療という物は色々と進歩しておりますからな。
国内外に、金に糸目を付けずに最新の治療法の研究書などを集めていたらガルカ王国の者から連絡が来ましてね。
神殿で、革新的な治療法が最近発見されたが興味があるかと」
ガルカ王国の神殿と言えばテリウス教だ。
そこが医療に優れているとは聞いていないし、神の加護で新しい治療法を授かるとも考えにくい。
まあ、あの国だったら貧民を使って人体実験をやりまくり、新しい治療方法を確立した可能性は無いとは言い切れないが。
「流石にテリウス教に縋るほど耄碌はしていませんが、何だかんだでやり取りしている間に相手が神殿から政府の人間へ変わりましてね。
治療の話は脇に置いて、アファル王国にテリウス神の教えを広めるのに手伝わないかと勧誘されたのですよ」
勧誘されたと言っても、それなりに間接的な言い回しのやりとりで時間が掛ったのだろうが。
しかし、アファル王国の南部の重鎮にそんな話を持ってくるとは、余程ファルータ公爵の鬱屈が目に見えていたのだろうか。
「色々言ってきたのですが、王家の直系の人間が全て不幸な事故に巻き込まれて亡くなった場合、ファルータ公爵家の人間が王位を継いでもおかしくないですよね、と言われた際にふと思ったのですよ。
息子が皇太子の血を引いているのだったら、それも良いのではないかと」
おいおい。
特にあまり深く考えずに今回の事件を始めたように聞こえるぞ。
「まあ、幾ら皇太子に思うところがあるとしても、この国にテリウス教を大々的に導入するのに手を貸すのはそれなりに良心の咎めを感じますからな。
私の尊厳を踏みにじった人間でも、それを飲み込んで王位に就くのを認めるに値するだけの能力があるか、皇太子を試させて貰うことに致しました」
まだ続きます。
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