314 星暦553年 緑の月 16日 でっち上げの容疑(14)
>>>サイド アルベルト・ダル・ファルータ
「おお、ファルータ公爵。
丁度良かった、少しお時間を頂けますかな?」
王宮の廊下を歩いていたら、右手から歩いてきた宰相に声を掛けられた。
「勿論ですとも。
何か事件でも起きましたか?」
何食わぬ顔をして宰相の横を歩きながら隣の狸の様子をうかがう。
ある意味、この国を動かしているのはこの男だ。
国王と皇太子もそれなりに役割を果たしているが、もしも王宮で暗殺騒動があった際に一番殺されて国の運営に支障が出るのはこの宰相だろう。
とは言え、国王と皇太子およびその子供が殺された際にセリダン殿下が生き残ってしまったら、阿呆が王位を継ぐことになって国の先行きは真っ暗になるだろうが。
「なに、ちょっとした件でお話をお伺いしたいだけですよ」
にこやかに答えながら、宰相が執務室の扉を開いた。
「・・・これはこれは、ウォルダ殿下。
おはようございます。
最近はいかがお過ごしですかな?」
皇太子に恭しく礼を取ってみせる。
「うむ、特に問題は無い。
いい加減、正妃を再び迎えようと思って宰相と相談しているところだ」
ほおう。
本人も言っているとおり、いい加減にちゃんとした後継者を産ませるべきだろう。
幾ら本人がまだ若いからと言って、側室の産んだ体の弱い王子しかいないなど危険すぎる。
今のままだったら、体の弱く立場も強くない王子と馬鹿な王弟との後継者争いが勃発するのは目に見えている。
それだったら直系の人間を全て殺してファルータ公爵家にでも王位を任せた方がましなぐらいだ。
「まあ、正妃として誰を迎えるかというのは難しい問題なので、まだ宰相と色々話し合っている最中なのだが・・・。
それとは別に、実はこんな書類が見つかってな。
しかも、こんな偽造文書も街中で発見されたようなので、公に状況をお伺いしたくて今日は同席させて貰った」
皇太子が机の上から、右手と左手に紙を取り上げて見せた。
どちらもガルカ王国に協力することに対する報酬を記した文書で、ガルカ王国の国印が押されている。
1つはアイシャルヌ・ハートネット特級魔術師に宛てた物、1つは私に向けた物だ。
どちらも本物の国印のはずなのだが・・・よく見たら、アイシャルヌ・ハートネットに宛てた物は国印の印影に立体性が無く、見慣れた目には偽物なのが見てとれる。
ふむ。
思ったよりも切れ者を傘下に持っているようだな、皇太子。
試練は合格としてやるか。
「ご存じでしたか、治療に適正のある魔術師だったら純潔の証というのは再生できるということを?」
勧められたソファに身を預けながら、皇太子の手にある書類を無視して皇太子に全く別のことを尋ねる。
勿論知っているだろう。
なんと言っても、自分の前妻と皇太子が出会ったのは魔術学院だったのだから。
「魔術学院の授業で聞いたことはあるな」
無表情に皇太子が返してきた。
「魔術学院。
そう言えば、かの学院では殿下と私の前妻がとても仲が良かったそうですな。
遠いとは言え、親戚関係にもあったから無邪気な付き合いであったという話でしたが」
そして、なんと言っても妻には純潔の証がちゃんとあったのだ。だから疑ってもいなかった。
10年ほど前に彼女の手紙が出てくるまで。
「死に別れることになってしまったのは残念でしたが、立派な跡取りも産んでくれたことだし、ファルータ公爵家も安泰だと思っていたのですが・・・。
ある日、前妻の家具から手紙が出てきましてね。
死ぬまで後生大切に、殿下からの手紙を隠し持っていたことには驚きましたよ」
そう。
だが、その時は驚いただけだった。
ちょっとした狩りに出た際に、お忍びで寄った酒場で『魔術師で純潔を再生できる』という話を小耳に挟むまでは。
前妻も、自分も、王家の血をそれなりに引いているので身体的特徴で息子が誰に似ているかと考えても殆ど意味が無い。
と言うか、殆どの高位貴族は王家の血が入っていて、親戚関係にあるのだ。
息子はそれなりに賢く、自分を慕い、ファルータ公爵領を慈しんでいたのでそれに満足していれば良かったのだが・・・。
疑念は消え去ることは無く、常に心にわだかまるようになった。
「その書類が手元にあると言うことは、既に私の身は手遅れでしょう。
教えて下さい、殿下。
儂の跡取り息子の父親は誰なのです?」
ちょっと遅れてすいません。
事件の解明段階に入りました。
次の更新は5日です。