307 星暦553年 緑の月 5日 でっち上げの容疑(7)
「盗賊ギルドに依頼を出したところ、この様な条件が付けられてきました」
冷静そうな声でザルベーナ大佐が公爵に答えた。
とは言え、心眼で視ると心臓がバクバクしていて背中に汗が流れているのが視えるんだけどね。
正しく、冷や汗だ。
軍部の人間がこんなに焦るなんて、ファルータ公爵ってそんなに怖い人間だったのか。
・・・後で、長にファルータ公爵について確認してみよう。
どちらにせよ、黒幕だから少しでも情報は必要だし。
「これはなんだ?」
紙を受け取った公爵の声に少し苛立ちが混じってきた。
「どうぞ」
声に出して後ろ暗い依頼の条件を読み上げたくないのか、ザルベーナ大佐が小さな照明の魔具を懐から取り出し、公爵に手渡した。
公爵が紙に目を通している間に大佐が言い訳がましく続ける。
でも、相手が読み終わるまで待たないと聞いてないんじゃないの??
「軍部の人間でしたら一々細かいことを指示しなくても動けるのですが、盗賊ギルドですからね。
依頼されて何かを取り返しに行く場合は、大抵特定の美術品や宝飾品なので今回のように証拠書類を取ってきて欲しいというのは勝手が分からなくて難しいのかも知れません」
ほう、そう思うのだったら盗賊ギルドに依頼しないでくれたら良かったのに。
勝手に軍部でやってろってんだ。どうせそんなでっち上げの容疑に対して、証拠なんて出て来るわけ無いんだし。
それとも証拠まででっち上げられて学院長がよけい危なかったか?
でも、でっち上げの証拠なら偽造品であると言うことを魔術でそれなりに証明できるからなぁ。
魔術師同士でかばい合っているんだろうとか言われるにしても、光の神殿の神殿長あたりに真偽の儀式でもやって貰えば疑惑は晴れるし。
・・・そう考えると、こんな面倒な思いせずにあっさり依頼を断っても良かったかも?
まあ、今となってはこれだけ頑張ったんだから最後までやり遂げるけどさ。
そんなことを考えている間に公爵が読み終わったのか、照明の魔具を消して紙をポケットにしまい込んだ。
よっしゃぁ。
紙を大佐の方につき返されたり、燃やされたりしたら面倒だと思ったんだが持って帰ってくれるらしい。
「ふむ。
意外とこやつらも仕事の詳細を考えているのだな。
取り敢えず、これらの条件は飲んで構わん。
追加的な捜査の場所や内容に関しては少し考えてみる。何か思いついたらまた連絡するよ」
肩を竦めながら公爵が大佐に返事した。
前払いの報酬に関してはどうするつもりなのかね?
金貨50枚というのはファルータ公爵にとっては小遣い以下の金額だろうが、その大佐も含めた普通の人間にとっては自腹を切っても構わないほどの端金じゃあないぜ。
そしてなんと言っても、金貨50枚というのは軍の金を使ったら説明しなくちゃあならないレベルの金額だ。
最初の条件だったら普通の依頼として扱って他の正規のやり取りに紛れ込ますことが出来たかも知れないが、前払いで金貨50枚をギルドに渡すなんてやりとりは誤魔化すのが難しいだろう。
つまり、金貨50枚は大佐の懐か、公爵が出す必要がある。
ある意味、大佐が金のことをどう持ち出すかで二人の関係も推察できるかな?
「この前もって渡しておく金貨50枚ですが・・・。
これだけの金額になると軍の通常案件としては通りません。
ファルータ公爵からの話であると経理の人間に伝えてもよろしいですか?」
おいおい。
軍が公爵とは言え、公職に無い単なる一貴族の依頼でその情報部の権力を使って良いのかよ?
だが、こう切り出したということは、軍部は勿論のこと、この大佐もファルータ公爵と共謀しているというレベルではないっぽいな。
考えてみたら、あの隠してあった手帳にはファルータ公爵関係っぽい記入は無かったな。
小遣い稼ぎに貴族からの頼みで調べごとをしてやっている程度か?
「ふむ。
では、これを使ってくれ」
公爵が無造作に懐から宝石を取り出して大佐に渡した。
!!!
おいおい。
こういう怪しげなやり取りの為にばらの宝石をいつも持ち歩いているのか???
滅茶苦茶怪しいじゃ無いか、この公爵!!
次は14日に更新します。




