305 星暦553年 緑の月 5日 でっち上げの容疑(5)
ウィルの視点に戻ってます。
第3騎士団のお偉いさん部屋の外で話を聞いていたところ、どうやら今晩黒幕と相談するとのこと。
なので報告が終わり、それ以上進展がなさそうとなった時点でバケツとモップを片付けてお偉いさんの後をつける準備をした。
元々残業するつもりもなかったのか、ちょうど掃除道具を片付けた頃に上司(と俺の魔力がしみ込んだ紙)が移動するのが見えて、慌てて先回りしたら馬車の待合場所に出た。
軍人だと自分の馬で通勤している人間も多いのだが、どうやらこのお偉いさんは馬車で通っているらしい。
軍部や政府で働く人間は、ある程度の地位になると朝は自分の馬車で来てそのまま家に帰し、帰りは勤め先の馬車に送ってもらうことが可能だ。
更に地位が高くなると朝も専用馬車が迎えに来てくれるのだが、大佐ていどだったらそこまでの待遇ではないだろう。
そんなことを考えながら、ザルベーナ大佐(オフィスの外に書いてあった)が乗った馬車の天井にそっと飛び乗る。
暗くなっていて助かった。
乗ってしまえば馬車の上って意外と盲点なのだが、流石に真昼間だと乗る場面が目につきやすいからな。
街中を移動している間も屋敷などからは見えるから変に注目を集めかねないし。
さて。
『上』に相談すると言っていたが。
軍部の『上』なのか、政府の『上』なのか、それとも単に金持ち商人か貴族に頼まれてやっているだけなのか。
夜に相手の家にこっそり訪問して話をするか、それとも夜会でさりげなく雑談をしているふりをして話をするか。
どれになるかな?
◆◆◆◆
「軽食を用意するよう伝えてくれ。
その後、ダルベール伯爵家の夜会へ出席する」
自宅についたザルベーナ大佐が執事に上着を渡しながら命じるのが聞こえた。
ふむ。
どうやら、夜会で雑談に紛れて報告するつもりか。
と言うことは、商人という線は消えたな。
軍人もあまりないかな?
同じ軍の人間だったら、夜会なんぞよりも何か仕事上の案件をでっち上げて連絡する方が人の目を引かないだろう。
ダルベール伯爵家に先回りしていてもいいのだが、行く途中に報告のために寄り道する可能性も無きしもあらずなので、張り付いておこう。
そんなことを思いながら、浮遊の術で大佐が入っていった2階の部屋の窓の外のベランダまであがり、そっと身を潜めて、覗き込んだ。
どうやら書斎らしい。
ワインの入ったグラスを手に、だらしなく椅子に身を投げ出している。
何か疲れてるね~。
まあ、特級魔術師を嵌めようとするなんて、心労はそれなりのもんだろう。
・・・ざまあみやがれ。
ついでにストレスで禿げてしまえ~と念を送っていたら、執事が食事の準備が出来たと声を掛けてきた。
「分かった。今行く」
言葉通り直ぐにグラスを置いて大佐が出て行った。
グラスを片付けにメイドが現れるかと思って暫く待っていたが、その様子はない。
どうやら書斎の片付けは主人が居ない日中にやるようだ。
・・・ということで、そっと窓を開けて、中に忍び込んだ。
流石に情報部の大佐ともあろう人間が、特級魔術師を嵌める案件の証拠文書を自宅に隠しているとは思えない。
が、悪事をする人間というのは『自分だけは捕まらない』という根拠のない自信の基に、時折びっくりするほど迂闊なことをすることがある。
9割『一応の為』と1割の本当の期待を胸に書斎をあさった。
鍵の掛った書斎机の引き出しの中には色々な悪事や不祥事の証拠文書が集めてあった。
脅迫用か、何か情報を得る際の梃子にするための材料なのか。
取り敢えず、今回の案件には関係なさそうだし、後でザルベーナ大佐に黒幕を吐かせる材料にもなりそうにもないちっぽけな内容の物ばかりだった。
まあ、こういう周りから見たらちっぽけな秘密の方が脅迫には向いているらしいが。
それはともかく。
さらっと引き出しの中身を確認した後、一番下の段の引き出しを抜き出し、その下の床板を外してそこに隠してあった手帳を手に取る。
ザルベーナ大佐が酒を舐めている間に心眼で確認した限り、ここがメインの隠し場所の様だった。
が。
手帳の中身は、ザルベーナ大佐の脅迫や情報の売買、裏で何らかの利益供与のために手を回してやって受け取った金の詳細だった。
・・・なんだってこう、悪人って自分の悪事の記録を残しておきたがるのかね??
商人が、裏帳簿を付けるのは分かる。
金を横領している場合などに、実際の金の動きと誤魔化した金の動きの両方が分かっていないと、発覚しないように誤魔化せる範囲にも限界がある。だから長期的に金をごまかすつもりなら裏帳簿はどうしても必要になる。
だが。
こいつみたいに、単に悪事から金を貰っているだけだったら記録を取っておく必要なんて無いじゃないか。
まあ、脅迫先を絞りすぎると相手が切れて逆襲する可能性があるが、どうせ脅迫している場合なんて相手の精神的負担っていうのはこちらが想像しているよりも遙かに高いんだ。
記録を取っていようと取っていまいと、相手が切れるときには脅迫者側はびっくりするに決まっている。
そう考えると、こんな悪事の記録なんぞ取っておくだけ危険が増すだけだと思うんだがなぁ。
取り敢えず、後でザルベーナ大佐を脅すための材料になるかも知れないので、直近の記入の分を数ページほど、転記の術で側にあった紙に写し、部屋を元の状態に戻してまたベランダに出て待機した。
さて。
夜会でさっさと黒幕に会って話をしてくれるとありがたいんだけどなぁ。
高位の貴族ほど、夜会に顔を現すのが遅い。
特級魔術師を嵌めるのに軍部の人間を巻き込めるだけの地位にある人間だとすると、それなりに上の地位にありそうな気がする。
一体こんばんは、眠れるんだろうか・・・?
遅れてすいません。
次は8日に更新します。