304 星暦553年 緑の月 5日 でっち上げの容疑(4)
今回は軍部の悪役中間管理職の視点です。
>>サイド アルベダ・ザルベーナ大佐
「その条件を飲まなければ今回の依頼を請けないと相手が主張しているらしく・・・。
どうしましょう?」
のほほんと聞いてきたタルヌ少尉を睨んでから、渡された紙を読んで頭を抱えたくなった。
なんだこれは。
裏ギルドへの依頼をしたというのに、工事や商品仕入れの契約まがいの細かい条件が付いている。
はぁぁぁ。
片手で頭を掻きむしりながら、夜会でついうっかり仕事に関して自慢をしてしまった自分を呪った。
戦時中ならまだしも、平和な時期の軍人は『ただ飯ぐらい』に近い扱いで夜会では冷たく見られることが多い。
しかし幸いにも、防諜部門というのはいつの時代でもロマンが感じられるのか夜会では男にも女にもちやほやされる。
勿論、現場の人間だったら自分が防諜部門にいるということを言う事なぞ出来ないが、ザルベーナのクラスになれば『間諜から国を守っている』ということをそれとなく匂わせるのは許される。
実際のところは本当に重要な役割を果たしている人間は、素知らぬ顔をして別の部門で窓際族と思われるような業務をしていて、ザルベーナのような人間が世間の目を集めているだけの話なのだが。
それはともかく。
国際情報戦で各国の切れ者を騙し合うだけの能力は無いが、夜会でそれとなく如何に自分達がアファル王国にとって重要な責務を果たしているかを匂わせる程度のことならザルベーナのような俗っぽい人間の方が向いているのだ。
先月も、夜会に珍しく姿を現したファルータ公爵と良い感じに話していたと思っていたのだが・・・。
盗賊ギルドの人間を使ってガルカ王国のスパイを見つけたという話をしていたら、自分が知っている人間もガルカ王国に通じている疑いが高い、いや絶対に繋がっていると言い出したのには驚いた。
しかも、盗賊ギルドの人間を使ってその容疑者から証拠を見つけ出して欲しいと言われてしまったのだ。
自分の盗賊ギルドとのコネによって先月の快挙が可能になったと自慢していただけに、盗賊ギルドに話を持って行けないとは言えず、また王国でも有数の権力を持つファルータ公爵の要請を無碍にも出来ず。
結局『一応依頼を出してみるが、何かを見つけられるかは分からない』という話に落ち着いたのだが・・・。
前回の件では実は直接関係していなかったものの、流石にザルベーナとて業界に長いので盗賊ギルドとのコンタクトぐらいはある。
なので前回の案件にかかわった人間にやらせろと依頼をねじ込ませたのだが・・・こんな細かい条件が返ってくるというのは想定外だった。
というか、ファルータ公爵の『容疑者』が特級魔術師であるアイシャルヌ・ハートネットであった時点で既に話がザルベーナの手に負える範囲を超えていたと言えるが、取り敢えず必死で『特級魔術師が他国に通じていたら大変な問題だ』と自分に言いつくろって何とか話を進めていたのに。
盗賊ギルドから何かが見つかる、もしくは見つからなかったら問題だろうと思って悩んでいたというのに、こんなものが返ってきた。
一体何が起きていると言うのだ。
盗賊ギルドがこんな細かい条件を依頼を請ける条件として付けてくるなんて話は聞いたことがない。
とは言え、盗賊ギルドだって特級魔術師の身辺を調べろなんて依頼を請けたことはないのだろうが。
「・・・分かった。盗賊ギルドは急がんと言ったのだな?
では、上に相談してみるから数日待て」
取り敢えずタルヌ少尉にこの件に関する待機の指示を出して、ため息をついた。
ファルータ公爵はそれ程社交界に出てくる訳では無いが、今回の案件について進展があった場合に周囲に怪しまれることなく話す必要があるということで、暫くは王都に留まり定期的に夜会に出ると言っていた。
本当だったら公爵の自宅へ夜中にでも訪問させて貰う方が有り難かったのだが、流石に公爵もこの案件が暴発した際には関与を否定できる状況を整えたいようだった。
・・・だったらこんな調査を強要してこなければ良いのに。
今晩は・・・ダルベール伯爵家の夜会だったら公爵も姿を現しているだろう。
怪しげな案件が更に微妙な状況になってきたことに頭を抱えながら、ザルベーナは机の上を片付けて夜会へ急ぐことにした。
次は5日に更新します。