294 星暦553年 萌葱の月 25日 温泉って良いよね(2)
「うわっと」
地上に出た俺たちがいたのはどっかの庭園っぽい場所だった。
慌てて近くにあった木に登って身を隠し、アスカには姿を消すように指示をして、周りを見回す。
右手の方には大きめな屋敷が見える。
左手はそれなりに離れた所に壁。
これだけ大きな庭園を持つ屋敷となったら、中堅以上の貴族の家だな。
大手商会とされるアレクの実家だってこんな大きな庭はない。
前職でも真っ昼間に人の家にお邪魔したことはあったが、そう言う場合は下男や見習いの格好で忍び込んでいた。
滅多にないことだったがどうしても真っ昼間に庭などから忍びこまなければならない理由があった場合は、前もってじっくり住民の生活スタイルを確認して一番危険が無いタイミングに侵入していたのだが・・・。
久しぶりだったのでうっかりしていた。
つうか、慌てて木に登るよりも、アスカに最寄りの道まで進んでくれと言うべきだったな。
『否視』
術を掛けてから、壁を越えて道に出た。
「ウィルだ。
迎えに来てくれ」
通信機でアレク達に声を掛ける。
あ~あ。
庶民の家だったら土地を借りあげて温泉を作ったら良いかな~なんて考えていたのだが。
貴族の庭園じゃあ、シャルロの親戚でも無い限り無理っぽいなぁ。
「温かい水脈ってここだけ地上に近づいているの?
それとも他にも地上に近づいている部分ってある?」
アスカに尋ねてみた。
『それなりに上下に蛇行していて、ここが王都近辺では一番地上に近いが、他の場所でもそれなりに地上に近づく箇所はあるぞ?』
とのこと。
ふむ。
だとしたら、家に発信器を設置した位置追跡装置を俺が持って一通り水脈沿いに動いて王都の周りの温泉の源流の地図みたいのを作ってから、どこが現実的に温泉を設置するのに向いているか考える方が良いかもな。
◆◆◆◆
「あそこはねぇ・・・絶対に協力してくれないと思う」
シャルロが残念そうにため息をつきながら言った。
アレクが空滑機で迎えに来てくれて、帰宅した俺たちは今後の計画を立てるために居間でお茶を飲んでいた。
「ダルベール伯爵家はオレファーニ侯爵家と仲が悪いとの噂だったが、本当だったのか?」
アレクがクッキーに手を伸ばしながら聞いた。
シャルロが頷く。
「なんかね~王立学院で父上とあそこの伯爵とが同期だったんだけど、ライバル関係というかそりが合わないと言うか・・・。
父上はそれ程気にしてなかったみたいなんだけど、目の敵にされて色々嫌がらせをされて、いまじゃあ父上もダルベール伯爵のこと大嫌いになっちゃって。
最近はさりげなく嫌がらせをやり返しているみたいなんで、益々仲が険悪になっているって聞いた。
いい年して、大人げないよね~」
ははは。
嫌がらせの応酬っていうのはかえって年を取ってからの方がムキになってやるもんじゃないか?
子供の方が喧嘩してもあっさり仲直りすると思うな。
経済力の面もあったんだろうが、盗賊ギルドにいたころに受けた『嫌がらせ系』の依頼はいい年したおっさんからの依頼が圧倒的に多かった。
それはともかく。
どちらにせよ、土地の利用料やウチからの交通の便もあるから、ピンポイントに候補地を見るよりも、温泉の源流の地図を作って便利でかつ地上からの距離が短い場所を選んだ方が良いだろう。
「じゃあ、家に発信器を設置した位置追跡装置を俺が持って、一通り水脈沿いに動いて王都の周りの温泉の源流の地図みたいのを作ろう。
地下だから位置追跡できる距離が短いかも知れないが、そうなったら発信器の場所を再設定して地図をつなぎ合わせる形で調べていけば良いだろうし」
俺の提案にアレクが頷いた。
「そうだな。
それこそ、誰かに話をつけて温泉所を経営して貰うなら庶民街近辺の人通りが多そうな所とかが良いだろうし、そう言うのが難しいなら私達の家の側にでも作りたい」
「だけど、温泉って入ってみたら凄く気持ちが良かったけど、知らない人に売り込むのって難しいかも。
そうなると、最初は僕たちが経営して人気が出てから他の人に任せる形になるのかなぁ?」
シャルロがつぶやいた。
庶民だったら風呂なんか入らないからなぁ。
普通にぬらしたタオルで体を拭くか、桶にお湯を溜めて手で体をぬらして洗う程度だ。
それが普通だと思っていたら、態々金を出して体を洗おうとは思わないかも知れない。
ううむ。
商売にする必要は無いっちゃあ無いが、自分達の家に引けるならまだしも、離れた所に温泉を作るなら誰か他の人に日常的な保守点検とか運営はして貰いたいから、商売にでも出来ると良いんだが。
折角体が温まった後に風呂掃除とかしていたら体が冷えちゃうし、かといって温々なまま家に帰って、翌日に態々風呂掃除だけのためにそっちに戻るのも面倒くさそうだ。
どっか便利なところに温泉を作れることを期待しよう!
次は5日に更新します。