293 星暦553年 萌葱の月 25日 温泉って良いよね
「と言うことでアスカ、王都周辺に温泉があったら連れて行って欲しいんだけど」
朝食を食べ終わったら早速庭でアスカを呼び出し、頼んでみた。
位置発信用の魔道具は既に身につけてある。
ちゃんと王都近辺からならどこからでも情報が届くだけの魔石を設定してあり、追跡する方の魔道具も大きな範囲をカバー出来るように昨晩のうちにシャルロとアレクが改造した。
が。
アスカの返事はちょっとつれなかった。
『西の妖精森にあったような温泉か?
あれは自然に地表に出ていた源泉を使っている物だぞ。
王都近辺で、地上に出ている水源でお湯が出ている場所は無い』
「無いの???」
思わず失望に声が高くなる。
「どうした?」
俺の出発を見送ろうと庭に出てきていたアレクが尋ねた。
「アスカが、王都近辺では地上に出ている温泉の源泉はないって」
アレクが肩を竦めた。
「それはそうだろう。
既に地上に出ていたら、誰かが銭湯として営業しているはずだ。
だが、地上に出ていない源泉もないのか?」
そっか。
以前アスカが言っていた鉱山で温かいお湯が出る層にあたったとか言っていたよな。
元々、地下にある水脈が物によっては温かいのがあるんだろうな。
「じゃあ、地下にある温泉の源泉になるような温かい水脈の場所、教えてくれない?」
『地下の温かい水か?
果てしなく深く潜ればどこの水脈もそのうち温かくなるが・・・。
それこそ、場所によっては隣町に行くような距離を潜ることになるぞ』
マジか。
地上を移動する分には隣町なんて直ぐだ。1000メタぐらいだろう。
だがそれを下に行くとなると・・・。
深い。
そんな深さの水を無事に地上に持ってこれるのか、不安だな。
「そこまで深くない源泉って王都付近にはないのか?」
『まあ、幾つか温かい水脈はある。それが地上に近づいている部分に案内すればいいのか?
だが、そこに直接ウィルを連れていったら溺れてしまうぞ』
ふむ。
いや、考えてみたら清早の加護があるのだから俺は溺れないはず。
とは言え、アスカが掘った穴からお湯が出てきてしまうとしたら、そこから地上に行って貰った際にお湯が地上に吹き出てしまうことになるな。
それは色々な面で不味いかも知れない。
「じゃあ、取り敢えず適当な温かい水脈が地上に近くなっている場所の付近から地上に連れて行ってくれないか?
まだ地上にお湯を出したくないから、直接水脈までは穴が繋がらないようにしてくれると嬉しいな」
アスカに代価としての魔力を差し出してお願いした。
『承知した』
頷いたアスカの上に跨がり、アレクの方へ振り返る。
「できるだけ温かい水脈が地上に近づいている部分の側に案内して貰ってくる。
地上に出たら通信機で連絡するから、追跡よろしく」
「勿論だ」
アレクがにこやかに頷いた。
お前さんも、温泉気に入ってたもんねぇ。
『行くぞ』
アスカが地中にすいっと入っていく。
あっという間に、地下の空間に覆われて、腰に付けておいた小さな灯りのみが光源となった。
相変わらず、アスカと移動するとどこに居るのか分からないよなぁ。
この感覚がどうも落ち着かなくて、空滑機を開発してからはあれを優先的に使うようになったのだが・・・。
考えてみたら、家か王都の中央部にでも発信器を設置した位置追跡装置を俺が持っていれば、自分がどこに居るのか大体分かるかもしれないな。
そうすればもうちょっとこの感覚もマシになるかな?
そんなことを考えながらぼ~っとしていたら、アスカが止った。
『この下が温かい水脈がこの近辺で一番地上に近い部分だな。
上がるか?』
「あ、お願い。
周りの人に迷惑にならなそうな所に出てくれる?」
忙しい道路のど真ん中に突然下から出現したりしたら、馬車にひかれたりしかねないからな。
まあ、心眼で注意深く観察すれば、地上に何がいるかも大体分かるんで、よっぽど相手が早く動いていない限り馬車にひかれると言うことはないだろうが。
と言うか、下手をしたら忙しい道路に突然出てくるよりも、どっかの気難しい貴族の応接間とかに出現しちゃう方がよっぽどヤバいかも知れない。
「そう言えば、家の中にも出てこないようにしてくれ」
『当然だろうが』
アスカの声がちょっと心外そうだった。
失礼~。
次は2日に更新します。