286 星暦553年 萌葱の月 18日 ちょっとした遠出(5)
森がキラキラしてきたと思ったら、段々周りの木々が大きくなり、やがて巨大な大樹が広場を囲むようになっている所に出てきた。
空滑機で現実界を飛んできた際に見たサラフォード地方の森は他の地方の森と比べても特に違いがあるように見えなかったが、妖精界ではぐっと大きくなっていた。
なんと言っても、家が大木の中にあちこちあるのだ。
枝の上に建てられた家もあったが、幹のあちこちに階段がついていて扉があり、幹から見える扉と窓の数から察するに、幹の中に家が埋め込まれている家の方が多い。
中に家サイズの障害物を入れても樹は大丈夫なのだろうか??
普通の家の倍ぐらいは余裕にありそうな太さだから、残りの部分で問題無く水とか栄養分を吸い上げられるのかもしれない。
じゃなきゃ大木と家の存在する空間が微妙に違うとか??
不思議な技術だ。王都の下町とか、狭い場所に皆でぎゅうぎゅう詰めになって暮している部分でこういう技術が使えたら便利そうだ。
とは言え、そんな技術は高く付いてとても下町の人間になんぞ手が出ないだろうが。
ちなみに、王様と言う割に、住民のアルフォンスに対する挨拶はかなり気軽な物だった。
広場には妖精らしき存在が沢山居たのだが、皆アルフォンスにお辞儀したり、黙礼したりする程度で、誰一人として跪いていなかった。
アファル王国は他の国に比べれば貴族や王族の権力が極端には大きいわけではないのだが、それでも国王が部屋に入ってきたら、皆立ち上がって頭を下げ、陛下に声を掛ける際にはまず跪かなければならないとの話だ。
多分これは正式な場での事だろうとは思うが。
一々、散歩に行ったりお風呂に入るのに周り中が皆跪いていたら時間が掛りすぎてしょうが無いだろう。
それはともかく。
広場に入ってきた俺たちに向かって何人かの妖精が近づいてきた。
背中に羽が生えている妖精ルックだが、サイズはやはりアルフォンスと同じ程度か、少し小さい。
あれが標準サイズなのか、やはり。
「お帰りなさいませ、陛下」
「うむ。
客人用の部屋を準備しておいたか?
もう遅いのでな。今日は簡単な食事を取ったらもう寝てもらって、明日に色々見せようと思う」
アルフォンスが答える。
王様なんだから、俺たちのことは部下に任せて、仕事を優先しても良いよ?
なんて思っていたら、部下も同じ事を思っていたのか、一人が案内を買って出たのでアルフォンスはシャルロにお別れを言ってひときわ大きな大樹の方へと姿を消した。
「こちらをお使い下さい」
左側にあった大きな樹の元へ案内された俺たちが見たのは、巨木の中にある扉だった。
客人用なのか、他の所より一回り扉が大きい。
とは言え、更に右側にはもっと大きな扉がある。
さらに大きな種族用の客室があっちなのかな?
入ってみたら、入り口の側にくつろげるようなソファを置いた居間みたいのがあり、奥に寝室が4つとお風呂場があった。
壁全体がほのかに光っていて、明るい。
「入浴に関しては温泉がよろしかったら広場の西側にありますが、お見せしましょうか?」
照明の消し方や、水回りの魔道具の使い方などを一通り終わった後に、案内の人がそう聞いてくれたので俺たちは目でお互いの意見を確認してから頷いた。
「是非!」
今日はかなり長い間、空滑機に乗っていたので体が凝っているし少し冷えた感じもする。
自然にお湯が沸くとか言う温泉には何やら普通のお風呂よりも良い効果があるとアルフォンスが言っていたし、試してみたい。
考えてみたら、アスカもこないだ暖かいお湯が出てくる層でノンビリしてきたと言っていたな。
鉱山だから人間にとって居心地が良い場所かどうかは不明だが、現実界でもこの『温泉』とやらが存在するなら、探してみても良いかもしれない。
清早や蒼流に聞いたら最寄りのお湯が出る場所って教えて貰えないかな?
それとも鉱山みたいに掘り下げたところじゃないと出てこないのか?
・・・まあ、取り敢えずここで温泉を楽しんでから、考えよう。
次は10日に更新します。