285 星暦553年 萌葱の月 18日 ちょっとした遠出(4)
森の中を幻獣達(シャルロは精霊)に跨がって進むうちに、暫くしたら周りの空気が変わってきた。
まだ目に付く動物や植物に変化はないのだが、何やら空気に煌めきがある。
別に物を見るのに邪魔にはならないのだが、慣れないから落ち着かないな。
何もかもが煌びやかに見えるなんて、それこそ妖精の悪戯に引っかかった酔っ払いの体験談みたいだ。
体験談が書いてある本を読んだ時は『酔っ払っていたから悪戯に引っかかったのだろう』と思っていたが、どうやら幻想界そのものの空気に何か違いがあるようだ。
ふと、手の下の感触が変わった気がして周りからアスカに視線を動かして、驚いた。
「あれ??
お前って外側毛皮じゃなかったっけ?!」
土竜の体は毛皮で覆われている。
アスカもそうだったのだが・・・。
何故か、気が付いたらその毛皮が鱗になっていた。
しかも10歳程度の子供の背の丈ぐらいだったアスカの体高が平均的な馬の高さぐらいになっている。
周りを見回したら、ラフェーンも『処女にしか触らせないユニコーン』というイメージにぴったりなほっそりした体型だったのが、軍馬のような貫禄ある大きく筋肉質な体形に変わっているし。
アンディの森狼も大きくなっている気がする。
シャルロの蒼流が化けた馬モドキだけは変わってない。
まあ、あれは元から大きな馬のサイズだったから、大きくなったら森の中を動くのに邪魔だしな。
『幻想界での元の姿に戻っただけだ。
こちらでは土龍だからな。サイズは森の中を歩けるように縮めているが、毛皮が鱗になるのは当然のことだ』
え、アスカって本当は土龍だったの????
確かに土竜と土龍って古代文字ではとても似た字を使うけど、幾ら同じように土に対する親和性が高いと言ってもまさか毛皮がもふもふの土竜が鱗に覆われた土龍になるとは思ってなかったぞ。
「幻獣は我々の世界に来るとランクが下がるという話があったが、それは本当のことだったんだな」
アレクが筋肉質になったラフェーンの首筋を撫でながら感慨深げに言った。
そう言えば。
召喚術の授業で、『証明されていない説』としてさらっとそんなことを言われたかも知れない。
「なんで下位の存在になっちゃうのに現実界に来るの??
俺が呼び出して代償に魔力を渡して何か頼み事をしている時ならまだしも、それ以外の時にもあっちに来てふらふらしているよね??」
思わずアスカに尋ねる。
自分の体調が悪くなる世界に、対価無しでは俺だったら自発的には行かないぞ。
『ウィルの世界は、魔力が少ないから存在のランクが下がる。だが、下がった状態で魔力を吸収して成長する方が幻獣界で同じ事をするよりも効率よく成長できる。
まあ、それにあちらの方が珍しい物が色々とあって面白いしな』
成る程。
ある意味、重しを付けて訓練をするような感じなのかな?
いや、重しを付けて訓練しながら遠足に行って周りを見て回って楽しんでいると言うところか。
へぇ~。
アスカって、ノンビリとあちこち見て回っていると思ったら時折戻ってきて宝石をくれるんで、旅行好きな幻獣だと思っていた。そんなアスカも実は成長することを重視するんだ。
ちょっと意外。
『ちなみに、現実界の魔術師が幻想界で魔術を使おうとすると、慣れるまでは魔力を込めすぎることが多い。気をつけるのだな』
シャルロの側に浮かんでいたアルフォンスが振り返って注意をしてきた。
お。
アルフォンスも大きくなってる。
それでもシャルロより一回り小さいけど。
あれが本当の姿なのかな?
仮にも王様なんで、失礼と相手が思うかも知れない質問は出来ないが。
でも、『威風堂々』と伝説にあったことを考えると、もう少し大きい方が良いような気もするなぁ。
「へぇぇぇ!
幻想界の伝説が早速体験できるなんて、大したもんだな!
見ろよ、タレスも大きくなった上に色や何かが変わったぜ!」
アンディが森狼の背で振り返りながら言ってきた。
あ、そう言えばあいつの使い魔の名前ってタレスって言うんだっけ。
召喚術を習って呼び出したときに嬉し気に色々言っていたが、忘れていた。
そのタレスも、アスカと同じぐらいのサイズになった上に、毛皮が緑になっていた。
緑色の毛皮の狼なんて不自然な印象になりそうな気もするのだが、このタレスの姿では森の一部のように見えるだけで、ごく自然な姿に感じられる。
幻想界って面白いもんだな。
来て良かったぜ。
他にも何があるのかな?
次は7日に更新します。