278 星暦553年 萌葱の月 3~4日 調査(2)
夕食の際に翌日の仕事のことをシャルロとアレクに話したら、アレクに謝罪されてしまった。
「ウチの商会を助けたせいでウィルの技能が話題に上がってしまったようだな。すまない」
今までは盗賊ギルドの長と学院長ぐらいしか活用していなかった俺の能力が、もう少し表に見えてしまったのは少し不味かったかも知れない。
でもまあ、今回が初めてと言うわけではないし。
「いや、以前サーシャのお姉さん捜しにも多少は能力を使っていたからな。
却って、『盗賊ギルド』に注意が集まった分、サリエル商会の誤解には感謝って所だ。
ただ、帰ってきてから思ったんだけど、セビウス氏を手伝った時と同じように通信機を使って盗賊ギルドを間に入れるように主張すれば良かったかなぁ?」
シャルロが俺の疑問に首を横に振った。
「そんなことしたら、ウィルが魔術師なのがばれちゃうじゃん。
前回は前調べしていたのを通信機で伝えていたと言えるけど、今回は明らかに前調べなんてする暇は無かったんだから。その場にいないのに隠し場所を見つけられるなんて、魔術師だと宣言しているようなものでしょ。
魔術師で、かつ盗賊ギルドに縁がある人間なんて、ウィルしかいないんだからウィルの個人情報があっという間に確定されちゃうよ?
それよりは、普通よりちょっと探し物が得意な盗賊のふりをする方が良いと思うな。
単にそういうのが得意な盗賊ギルドの人間だと思わせておけば、軍にせよ、国税局にせよ、審議官にせよ、それなりの理由が無い限り裏社会に依頼はしにくいでしょ?
元盗賊ギルドの一員だけど今は魔術師としてまっとうに働いているウィルが、そういうことが出来るっていうのが明らかになっちゃったら遠慮せずにガンガン依頼が来そうだから不味いよ」
成る程。
どうせ普通の人間にとっては盗賊ギルドの人間の技能がどの位なのかなんて分からないんだ。
せいぜい盗賊としての技能を使っていると見せるように、怪しいところを叩いて音を出して探してみせるか。
「そうだな。
明日はいかにも盗賊な格好をしておくとするか」
◆◆◆◆
今朝は麻のスカーフで顔の下半分を隠し、フード付きの上着で顔が陰になるようにして西税務調査室に現れた。
こんな怪しげな格好で現れたら普通なら入り口で足止めを食らっただろうが、盗賊ギルドの人間が来るという話はちゃんと(非公式に)伝わっていたのか、デルヴィン・ガヴァーラと会う約束があると言ったらあっさり中へ通してくれた。
「やあ、君が今日の助っ人かな?」
30歳ぐらいの男が入り口から案内されてきた俺に声を掛けてきた。
「デルヴィン・ガヴァーラさんですね?
仲介されてきました名無しです」
ぼそぼそと低い声でガヴァーラ氏に答える。
流石に、盗賊ギルドの人間とそこまで親しくするつもりはないのか、握手の手は差し出されなかった。
「名無しねぇ。
まあ、良いけど。
では、早速行こうか。既に税務調査そのものは2日前から始まっているんだ。
表向きの分かりやすい場所にあった書類は全てもう集めてあるから、調査員に公開されなかった書類をガンガン見つけてくれ」
俺の名前に苦笑しながらガヴァーラ氏は馬車へ俺を連れて行き、早速商会へ向けてと動き出した。
そうか、既に2日前から調査が始まっていたのか。
どさくさ紛れに税務調査に紛れ込んで書類を調べたものの、思っていたほどの成果がなかったから盗賊ギルドに声を掛けたという所かな?
サリエル商会だったら後ろ暗い事もやっていたから、軍の諜報網の一部でカバーしていて先日の騒ぎのことも知っていたんだろう。
10ミルもしない間に着いた商会はそれなりに大きかったが、従業員や客が全くいなくてがらんとしているようだった。
資料の取り出しが終わった後なので大部分の調査員はここではなく、税務調査室の方で押収した書類を調べているのかな?
しっかし。
こんな感じに建物から追い出されて書類も全部持って行かれたら、仕事にならないだろうに。
何日ぐらいで終わるのかな?
まあ、俺の知ったこっちゃないけど。
俺の作業は今日一日で終わる・・・よね??
◆◆◆◆
>>>サイド デルヴィン・ガヴァーラ
「ではまず、奥から始めましょうか」
盗賊ギルドから来た名無しと名乗った男は、商会に着いたらさっさと奥へと足を進めた。
先日のサリエル商会の監査の際に、シェフィート商会がどうやら盗賊ギルドの協力を得て隠し金庫等の場所を全て暴いたらしいという話が流れていた。
最初は父親から実権を奪い取ろうとしたラルト・サリエルがシェフィート商会と通じていたのではないかという疑惑もあったのだが、その場にいた人間の話ではラルト・サリエルは全く何のことかも分かっていない顔をしていたらしいので、シェフィート商会側が自力で何らかの形で発見したのだろうと噂は落ち着いた。
第一、闇氷草のエキスなんて危険すぎる。
埃を被っていた上にエキスの精度も下がっており、明らかに古い物であった為に罰金と自宅謹慎ですんだが、あれが新品で有力な人物の暗殺計画に繋がっていると見なされていたら、一族全員処刑されていてもおかしくはない程の案件だった。
盗賊ギルドにあんな便利(かつ危険)な使い道があるという可能性は誰も考えていなかったので、あれによって盗賊ギルドへの注目度が一気に上がったと言えよう。
盗賊ギルドの使い勝手の良さを確認する意味も含めて、今回の案件に使おうとしたのだが・・・意外と盗賊ギルドから嫌がられた。
最初はこちらが何を言っているのか知らぬ振りをし。
やっと認めたと思ったら『あそこまでの精度で調べることが出来る人間は少ない』と主張し。
少なくても居るのだったら雇いたいと粘ったら『公的機関との仕事というのは裏ギルドとしての沽券に関わる』と渋り。
結局交渉に5日以上掛り、金額も通常の盗賊ギルドへの依頼の3倍以上の価格になった。
さて。
この明らかに自分の名を知らせるつもりがない名無しという男は、どれ程の腕を見せてくれるのだろうか。
そんなことを思いながらついていったら、名無しはさっさと奥の部屋へ行くと、ラグをどかして床の上をタップダンスでもするかのように動き回っていたかと思うと一箇所に立ち止まり、周りを見回し始めた。
「これかな?」
ぼそりとつぶやいたかと思ったら、壁に近づき、掛けてあった絵の後ろを調べてぐいっとそれを右へ引っ張った。
ゴトン。
何かが動く音がかすかにした。
が、見回したところ特に何も変わっていない。
隠し部屋だとしたら、随分と厳重な仕掛けがしてあるな。
自分にはどこかで音がしたとしか分からなかったのだが、名無しには音の源が分かったのか、暖炉へ近づいたかと思うと首を突っ込み、煙突の中にある何かを回し始めた。
すると先程名無しが立ち止まっていた辺りの床が持ち上がり、地下室への階段が見えてきた。
おいおい。
煙突に隠し部屋を開けるための仕掛けがあったら、その暖炉は火が付けられないじゃないか。
冬にはちょっと怪しくないか??それとも暖房の魔具でも使って誤魔化しているのだろうか。
隠す仕組みとしては凄い。
特に夏だったら、火が付いていない暖炉を怪しむ理由はないから、煙突にこんな仕組みがあるとは夢にも思わないだろう。
ここまで根性をかけて隠すならば、きっと中には見つかって欲しくない物があるに違いない。
行き詰まっていた話が進みそうな予感がするぞ!!
次は17日に更新します。