265 星暦553年 翠の月 3日 祭りの後(11)
>>>サイド パラティア・サリエル
「お兄様。
私は人に媚びているように見えるのでしょうか?」
魔術院から帰ったら、父は出かけていたので、兄を捕まえた。
父は商業ギルドでの会議とのことだから、もしかしたらウィル氏が言っていた監査の話かも知れない。
そちらの話も私が魔力を封じるよう言われるか気になるが、それよりも自分の態度が周りからどう見られているのかの方が重要だ。
「・・・あ~まあねぇ。
もしかして、意識してなかったのか?
分かって練習しているのだとばかり思っていたが」
執務室の机で書類と格闘していた兄は、ペンを置きながら答えた。
・・・兄にまで、媚びていると思われていたなんて。
「母から、女に求められることはにこやかに周りの人を良い気持ちにさせることだと常に言い聞かされてきたので、母の態度を見習ってきたのですが・・・。
母は別に人に媚びていませんよね?」
母は、パーティや茶会などの社交的な場面で父のビジネスをサポートしているのだと言っていた。そして社交界で上手に動き回るには、周りの人ににこやかに対応して良い気持ちにさせることが重要なのだと。
頭を掻きながら兄が苦笑した。
「お継母さんは実家が没落した時に、自分の美貌を武器として闘ってきた人だからねぇ。
あの美貌と妖艶さがあれば、クラクラしてしまって媚びているなんて感じる暇も無いか、女の武器を最大限活用しているなぁと感心するだけなんだろうね。
パラティアはまだ『女の武器』を使えるほどは成熟してないから、お継母の仕草を真似ると媚びているように見えるんだろう」
母の実家が貴族だったという話は聞いている。
父親が賭け事に家の財産を注ぎ込んでしまったあげくに自殺してしまい、娘しかいなかった母の実家は爵位を失ってしまったものの、母を後妻として迎えた父が母の妹たちを資金援助をしたらしい。
平民と貴族という違う世界出身の二人が愛で結ばれた素晴らしい出会いだと憧れていたのだが・・・。
サリエル商会が裏社会でも有名なビジネスだとすると、単に愛だけの話ではないのかという気もしてくる。
今まで信じていた世界が突然全て嘘だと言われたようで、頭がクラクラしてきた。
「魔術院で、私の魔力を見いだした魔術師の方にサリエル商会がかなり後ろ暗いことをやっており、私が魔術師となることで監査を受けるようになると事業に支障がきたすだろうと言われました。
シェフィート商会が監査を主導することになるから監査人の買収は出来ない、と」
ウィル氏の言っていたことは本当なのですか?という疑問を込めて口を開いた。
だが、真実聞きたい事は・・・『魔力を封じることを拒否したら私を殺すつもりですか?』という質問。
どうなのだろうか。
年を離れた兄にも、遅くに生まれた私を溺愛してくれた父にも、愛されていると思っていた。
だが、その『愛』は事業の支障になったら殺すぐらいの薄っぺらいものなのだろうか。
家族の重荷にはなりたくない。
が、都合が悪くなったら殺される、ペットのような愛され方だとしたら・・・哀しい。
勿論、殺されるぐらいだったら魔力を封じることに合意する。
だが、合意しなければ殺すというのだったら、私の命は商会のビジネスよりも軽いことではないか。
聞きたい。
でも、聞きたくない。
そんなことをグルグル頭の中で考えていたら、兄が大きくため息をついた。
「あちゃ~。
シェフィート商会にばれたか。
まあ、時間の問題だとは思っていたけどな。
なんと言ったって、あそこの息子が魔術院にいるんだし。
だいたい、お前の魔力を見いだしたのってウィル・ダントールだろ?アレク・シェフィートと一緒にビジネスをやっているんだから、こちらの話は筒抜けだっただろうな」
・・・思っていたより、兄の態度が軽かった。
「監査を避けるために、私が魔力を封じた方がよろしいのでしょうか?」
立ち上がってお茶のポットを取りに行きながら兄が首を横に振った。
「あれだけ喜んで見せたのに、シェフィート商会が監査をするということになった途端にお前の魔力を封じるなんて言ったら、サリエル商会が後ろ暗い事をやっていると宣伝するようなものさ。
親父も少し考えが浅かったな。
まあどちらにせよ、お継母さんを嫁に貰ってからはビジネスをもっと白寄りの灰色に変えようと方向転換してきていたんだから、丁度良いんじゃないか?
シェフィート商会が監査しているのだったら、ウチがもう違法行為はしていないと言っても信じて貰えるだろう」
「・・・『もう違法行為』を、ということは過去には違法行為をしていたのですか?」
兄が肩を竦めた。
「盗品の売買だって、売りに来た人間が盗んだと知っていて買い取れば違法だが、知らなければ合法だ。
例えば、下町の貧しい家の人間が貴族が持っていそうな壺を売りに来たとする。
合法的に入手したと証明する売買証明書はない。盗品かもしれないし、元はもっと羽振りが良かった時代の名残で唯一家族に受け継がれてきた物かも知れない。貴族の館で働いていた人間が形見分けか何かで貰った可能性だってある。
まあ、ウチはそういう時に質問をしないことが多かったのは事実だが。
反対に、どうしても入手したい宝石を持っている貴族が、ある夜に出かけることを知っていて態とその情報を裏社会の人間に流してそれが盗まれるよう誘導するのは・・・完全には違法行為ではないがかなり黒に近い灰色だ。
サリエル商会は元は下町のしがない店だったからな。それなりに荒っぽいこともしないと生き残れなかった。
親父が言うには、少なくとも殺人が関わる案件には分かっている限りは関与していないし、直接違法行為を依頼したり指示したこともないらしい。
お継母さんと結婚してからは特に、見栄を張り始めたからな。
お前が生まれてからは陰口を叩かれたくないというのもあったようだし。
まあ、お前が魔術師になっても取り敢えず問題無いんじゃないか?」
兄が淹れてくれたお茶を飲みながら色々話をしていたら、職務室の扉が開いて父が入ってきた。
「お帰り。顔色が悪いな。シェフィート商会が監査を主導することになったんだって?」
父にお茶を淹れながら兄が声を掛けた。
確かに、父の顔色が悪い。
・・・もしかして、私を殺すことを考えていたのだろうか?
「ああ。先程、商業ギルドでシェフィート商会の監査人任命が正式決定された旨を聞かされた」
ソファに身を投げ出して、深くため息をついた父が答えた。
「魔術院のウィル・ダントールがパラティアに警告したらしいぜ。
サリエル商会は後ろ暗い事をやっているから、それを続けるつもりならパラティアが魔力を封じる必要があるってな。
封じるのを拒否したら殺されるかもとも言ったんじゃ無いか?」
父にお茶を渡しながら兄が私の方を見た。
「・・・私は魔力を封じた方が良いのでしょうか?」
今まで、私がサリエル商会の手伝いをすると言う話は全く出てこなかった。だから手伝いたいと言っても社交面で頑張れと言われるだろうと漠然と思っていた。
だが。
『媚びている』などと言われながら社交の腕を磨くよりは、魔術師になって独立したい。
「パラティア!
お前が何を望んでも、殺したりしないぞ!!!」
兄の差し出したお茶を無視して、父が両手で私の手を握った。
「どちらにせよ、それなりに成功してきて規模も大きくなってきたんだし、サリエル商会も白よりな灰色の事業に方向を定めれば良いんじゃないか?
この際、ついでに俺に商会の舵取りを任せたらどうだ?
変な柵で、裏社会から話が来たら面倒だ」
兄がニヤニヤしながらお茶を父の顔の前に突き出し、提案した。
「・・・まあ、そうだな。
もうそろそろお前に任せてもいいか」
お茶を受け取った父が、あっさりと頷いた。
・・・それで良いの?
ちなみに、パラティアのお兄さんは妻への見栄で裏社会の仕事から殆ど足を洗っている癖に、いつまでも完全に足を洗わない父親がじれったいと思っていたので丁度いいやと喜んでいます。
次は8日に更新します。