264 星暦553年 翠の月 3日 祭りの後(10)
>>>サイド パラティア・サリエル
『魔術師として話をする必要がある』と私だけで来るようにと指定されて魔術院に来たら、先日神殿教室で私の魔力を検査した魔術師が待っていた。
「ウィルさま、こんにちは!
またお会いしたいと思っていました」
にっこりと微笑みながら声をかけた。
大抵の男性は上目遣いに微笑みながら声をかけるとにこやかになるのに、ウィル氏は嫌そうな顔をして心なし、体を後ろに引いた。
「あ~。
まあ、久しぶり。
うん、そっちの椅子に座ってくれ」
「どうかしましたか?」
ほんのわずかに首をかしげる形でウィル氏へ覗き込むようにして尋ねる。
はぁぁぁぁ。
ウィル氏が深くため息をついた。
「その男に媚びた態度、やめてくれない?
はっきり言って気持ち悪いし、不愉快だ」
「はぁ?」
思わず、びっくりして素の態度が出てしまった。
今まで、自分のことを嫌う人間は勿論いたが、『気持ち悪い』なんて言われたことはない。
「いくらウィルさまが私を見出した魔術師とは言っても、それはあまりにも失礼ではありませんか?」
「それを言うなら、男を利用しようと媚びを売るのだって失礼だろうが。
取り敢えず、俺はお前に利用されるつもりはないし、笑いかけるだけで良いように使われるような人間だと思われたくもない。
ここはお互い、本音ベース話をしよう」
利用しようとする?
良いように使う?
今まで、『媚びている』という陰口は聞こえたことがあった。
だが。
自分は母に教わった通り、周りの人が気持ちよく過ごせるように笑いかけているだけであって、利用しようとなんて考えてはいなかった。
自分のことを嫌ってきた女の子たちや一部の男子たちは、自分が相手を利用しようとしていると思っていたのだろうか?
「分かりました。媚びているつもりなどなかったのでどうすればウィルさまのお気に召すのか分かりませんが、愛想悪くしますわ」
お互い態度が悪くって不愉快になっても話が進まないと思うが。
小さく息を吐きだしながら、ウィル氏が頷いた。
「助かる。これから話さなければならない重要な事があるんでな。
さっさと本題に入ろう。
まず、お前の親父さんの商会だが、サリエル商会がかなり後ろ暗いことをやっているのは知っているか?」
サリエル商会の評判が悪いことは知っていた。
商会どうしのパーティなどにも、サリエル家だけが呼ばれない場合などもあった。
だが、父はそれは皆、サリエル商会ほど上手に稼げない商会の嫉妬だと言っていたので気にしていなかったが・・・。
態々、商会と関係のない魔術師がその話題を持ち出してくるというのは何かあるのだろうか?
「・・・悪評は父の成功を嫉妬する人間の陰口でしょう」
「俺は魔力を見出されて魔術学院に入る前は裏社会に属していた人間だ。
だから知っているが、サリエル商会は裏社会でもかなり大きな存在感を持った商会だ。
捕まるような違法行為をこれからも続けていくつもりなのかは知らないが、今までの成功はかなりの部分がその後ろ暗い活動に支えられてきたのは事実だ」
そんな。
毎日にこやかに私は兄と食事を一緒にする父が裏社会と取引していたなんて・・・。
驚きに声も出ない私を置き去りに、ウィル氏が話を続けた。
「そして、家族に魔術師が出た場合、不当な利益を得ないようにその商会は毎年監査を受けることになる。
シェフィート商会のようにな。
お前さんの父親は、アレク・シェフィートが魔術学院に入った時に嬉々としてシェフィート商会の監査を主導して散々嫌がらせをしたらしいぜ。
今回、お前が魔術師になる才能があるということが分かった。
お前の父親の喜びようから見て、監査人なんぞ買収してごまかせると思ったのだろうが、シェフィート商会が担当すると手を挙げたからな。ごまかすのはまず無理だろう」
シェフィート商会。
父との会話でも、時々話題に上がっていた。
理由は分からなかったが、特に父が嫌っていたという印象は受けていた。その商会がサリエル商会の監査を担当するなんて・・・。
例え、サリエル商会に非が無いにしても、監査の間にいくらでも嫌がらせなら出来る。
「そうなると、お前の親父さんの違法行為が色々表に出る可能性が高くなるわけだ。
勿論、違法行為で稼ぐのも難しくなる。
その場合、お前に魔術師になるのをあきらめて魔力を封じろと言ってくる可能性は高いだろうな」
・・・魔力を封じる。
今まで、漠然と感じていた魔力が感じられなくなるというのがどのような影響があるのかは分からない。
まだ魔術師というものが何なのか分からないので、魔力を封じて諦めよと言われても大して影響は無いように思える。
が。
何か、胸の奥に不快な感触が湧き上がってきた。
「魔力を封じるのをお前が拒否した場合、親父さんか跡取りのお前の兄が暗殺ギルドにお前を始末するよう話を持ってくる可能性もゼロではない。
もしくは別に人に頼まなくても自分で毒を盛るなり、商会の雇っているごろつきを雇ってお前を誘拐でもした風を装って殺すかもしれないし。
もしも自力で生きていきたくて、そのために魔術師になる道を歩みたいと思うなら、これを持っておけ。
単にナイフで刺そうとした場合などだったら身を守ってくれるし、解毒もしてくれる。
お前が死にそうになったら俺に伝わるようになっているから、助けに来てやるよ」
ウィル氏が、小さな石をはめたネックレスを差し出した。
父が、兄が、自分を殺そうとする?
そんなまさか。
ウィル氏が言っていることがバカバカしいと思いつつも、気が付いたら手を伸ばしてネックレスを受け取っていた。
「何故これを?」
ウィル氏が肩を竦めた。
「まあ、俺が見つけたせいでお前さんが死んだんじゃあ後味が悪いからな。
サリエル商会の監査で違法行為を見つけるのには協力するつもりだし。
まあ、お前さんの人生だ。何をしたいのか、よく考えて行動するんだな」
そう言うと、私が考え込んでいる間にウィル氏はさっさと出ていってしまった。
・・・殺される?
私が?
パラティアと家族の話し合いも入れたいので次回もパラティアの視点になります。
次の更新は5日の予定です。