263 星暦553年 翠の月 2日 祭りの後(9)
学院長に捕まった時には、魔力を封じると『場合によっては人格が変わったり、知覚に障害が出たりすることもある』と脅された。
実際には、人格に関しては殆どの場合は『自分が魔術師である』ということにプライドを持った自信満々の人間が、それを封じられることで性格が変わるということらしい。知覚は俺みたいなタイプだと心眼を封じられると本人的には知覚に著しく支障が出るのだが、普通の人間が持っている5感に関しては特に影響はない。
ただ。
魔術師になっていない人間でも、ずば抜けて魔力が高い場合はそれを封じられると人格が変わるケースがごく稀にはあるらしい。人手不足なこともあり、魔術院はその点を強調して出来るだけ見つけた魔力持ちの子供たちには魔術師になることを勧めている。
パラティア・サリエルはまだ『魔術師である』という自覚はないし魔力も極端には高くないから、人格的には特に影響を受けないだろう。
知覚に対して俺のような才能があるかどうかは話してないから知らないが。
あとは、本人が何をしたいのかだよなぁ。
あの、男への媚びた態度が自分の価値を卑下していることからきているのなら、自立できる魔術師になれるということは良い事かもしれない。
それを親の都合で諦めるのは可哀そうだろう。
反対に、単に人に媚びることで相手を利用するのが当然と思っているようなタイプだったら・・・態々頑張って魔術師なんぞになって自力で生きていくよりは、今のまま『女である自分』や『サリエル商会の娘』である立場を利用して生きていけばいいのだから、魔力を封じることに異論はないだろう。
どうすっかな。
まあ、成り行きとは言え本人の命の危険かもしれないことを俺が引き起こしたんだから、一応本人にどうしたいのか希望を聞きに行ってくるか。
ついでに親がどうするタイプなのかも確認しておいた方がいいかな?
もしかしたら大人しく諦めて監査を受けるかもしれないし。
・・・まあ、なさそうだな。
あのサリエル商会を一代で大きくしたジジイだ。大人しく儲かる商売を辞めたりはしないだろう。
「アレクはこれからお袋さんのところへ行くのかい?
セビウス氏にちょっと話を聞きたいんだが、彼はどこにいるのか知ってる?」
ケーキを食べ終わって外に行こうと席を立ったアレクに声をかける。
「兄かい?
確か、カラフォラ号のオークションの手続きも殆ど終わったから、溜まっていた商会の仕事を片付けると言っていたな。そうなると実家にいるかもしれないね」
「じゃあ、一緒に俺もついていくよ。
流石に父親に殺されるんじゃあ可哀そうだからね。パラティア・サリエルにどうしたいのか話を聞いて、必要とあれば保護の手続きを取ろうと思う。
だがその前にサリエル商会のジジイが娘っ子を殺そうとするか聞いておきたい。
・・・そういえば、サリエル商会の監査の手伝い、いるかい?
もしも監査することになるんだったら、隠し金庫にある裏帳簿とかも確認しておく方がいいだろうし」
もしもパラティア・サリエルが真面目に魔術師として自立したいと希望して、親が商売を正規の範囲に制限する気が無い場合は・・・徹底的にサリエル商会を叩いておく方が良いだろう。
その時は知り合いの税務監視官にも声をかけておこうかな。
2年前の人身売買事件の時の税務監視官はそんなに悪い奴らじゃあなかったから、さりげなく監査の一員として臨時雇いで入ってくるというのも可能なはずだ。
「そうかい?
手伝ってくれるのはありがたいね。
まあ、余程しっかりとした子じゃない限り、親に殺される可能性が高いと聞いたら諦めて魔力は封じることを選ぶんじゃないかな?
そう考えると、残念だよね」
アレクが肩を竦めながら答えた。
・・・その「残念だよね」って娘っ子の才能の話をさしているのか、それともサリエル商会の監査が出来なくなる話を指しているのか、どっちなんだ?
時々、アレクもセビウス氏の弟だよなぁと実感するぜ。
次は1日に更新します。