026 星暦549年 黄の月 17日 実験
加護の石を貰ってから最初の術を人前でやったのは・・・俺らしくない失敗だった。
誰もいないところで夜の間に試しておけば良かったんだ。
後から悔いる、本当に後悔って後から来るもんだよなぁ・・・。
◆◆◆
眠い・・・。
守護精霊を持つ身の先輩であるシャルロが色々と精霊の加護のことについて説明しようとした為、昨晩は寝るのがかなり遅くなってしまった。
シャルロ、説明下手すぎ!
歴史とか魔術を教えてくれた時はここまで酷くなかったから、守護精霊という本人にとっては物心ついた時から一緒の存在というのはかえって説明しにくいようだ。
今まで尋ねたことがなかったので知らなかったが、なんと蒼流はシャルロが記憶のある限りずっと一緒にいたんだって。
家族の話ではやっと歩けるようになったぐらいの頃に、気が付いたら加護の石を手に持っていたんだそうだ。
当然、守護精霊がいると術の威力が上がるのかとか、全然知らない。
何といっても本人は守護精霊がいない状態で術なんて使ったことがないから。
子供の頃からの一番の友達であり保護者でもある相手なので、かえってそのことについてあまり勉強していないらしい。
しかも殆ど離れているのを見たことがないぐらい過保護な精霊なので、加護の石を貰っても相手が傍にいなかったらどうなるかも知らないし。
はっきり言って、あまり役に立たなかった。
役に立たないと言うことを確定させるのに一晩かけちまったのが哀しい・・・。
加護の石を与えてくれた精霊が何をしてくれるのか、加護の石が何の役に立つのかほぼ不明。
石を貰ったことで清早と声を出さずに会話することは可能になったらしい・・・多分。
シャルロがぼ~と蒼流を見ている時は実は声を出さずに会話をしていたんだね。
まあ、シャルロだからただ単にぼ~としているだけの時もあるんだろうが。
一応、その精霊の元素によって害されることは無くなるらしいので溺死を恐れる必要は無くなった。
また、頼めば水を呼び出してくれるので旅行中なども水が無くても大丈夫。
ただし。
普通の守護精霊がいつでも庇護対象のそばにいるのか、呼ばれたらいつでも現れるのかは不明。
気になっていた、『守護契約』と『召喚契約』の違いに関しては流石に答えてくれた。
召喚というのは呼ばれた側に選択肢は無く、召喚契約が成功した場合は呼び出した魔術師の命令に応じなければならないし、勝手に帰ることもできない。
だから召喚契約を結ぼうとして相手に殺される魔術師が出てくる訳だ。
守護契約は相手の好意によって与えられる一方的な加護。
だからこちらは対価に何かを出さなくていい。代わりに精霊は何か気に食わないことがあったら守護契約を打ち切って姿を消すことができる。
しかも精霊が何に対して気を悪くするのかは・・・不明。
ちなみに、あの加護の石は庇護者を精霊が見つける為のマーカーのようなものらしい。
シャルロが蒼流に聞いたところでは、精霊にとって人間と言うのは数が多すぎて、見失いかねない存在なのだそうだ。
流石に相手が名前を呼べば分かるが、自分が庇護者のところに行きたいと思っても呼ばれなければ相手を見つけられないなんていう間抜けな状態が昔は良く起きたんだそうだ。
精霊の言う『昔』が何千年前の話なのか知らんけど。
『僕って良く無くし物するから、蒼流の加護の石も何度か落としているんだよね~』と笑いながら言うシャルロの言葉を聞いて、あの精霊がこいつにべったりな訳の一端が視えた気がしたよ。
ま、それはともかく。
王都に帰ったら図書館で色々調べ物をしなくっちゃな。
落ち着いたら清早を呼んでみて話し合いもしてみたいし。
ただ・・・あいつってまだ子供という感じだったからどのくらい物事を知っているのか微妙に不安だが。
「よ~し、ここで風を呼んでその箱を動かしてみろ」
神殿の裏の川辺に集まった生徒に向かってローラン教師が指示した。
術の練習用にか、箱が川辺に置いてある。
少し開けて気持ちのいい風が通る、確かに風精の多い場所だ。
「まず、シャルロからやってみろ」
教師の指示でシャルロが術を唱える。
「ムベ」
あっさり一言で箱がふわりと浮き上がり俺たちの周りで円を描いて漂ってから元の場所に戻る。
う~ん・・・。
心もち、術の発現が簡単そうだったか?
こいつの場合自然元素を使う魔術はあまりにも簡単そう過ぎて違いが分からんな。
「何か違ったか?」
「・・・かも?」
ローラン教師の問いに疑問形で答えるシャルロ。
本人も分かっていないんじゃあ、どうしようもないな。
苦笑しながらローラン教師が次の生徒を指す。
今度は確かに術の発現が楽そうだった・・・かもしれない。
一応、皆が学院の練習場で出来る術をやっているからなぁ。
できない術がここだったら可能になるというのなら明らかだが、この程度の違いだったら本人にしか分からないのかもしれない。
「ウィル、やってみろ」
俺の番か。
周りに漂って俺のことを興味深げに見ていた風精に『よろしくね』と心の中でお願いしながら術の発現の言葉を唱える。
「ムベ」
ぶわっ!
箱が勢いよく宙へ飛びあがった。
「うわ!」
あっけにとられて、口を開けたまま落ちてくる箱を見つめてしまう。
「すいません、ちょっと頑張り過ぎました・・・」
頭をかきながらクラスの皆に苦笑してみせた。
シャルロのバカ野郎~~!
ここまで精霊の加護が周りの精霊からの好意に差が出るなんて、教えといてくれってんだ!
精霊からの好意が直接術の威力にここまで影響があるとなったら、精霊の加護と言うのはかなり国にとっても実用的な意味合いがある。
下手にそんなものを貰ったと言うのを知られたら都合いいように利用されかねない。
精霊の加護と言うのがどのくらい有用で、どのくらい稀なのか分かるまで秘密にしておきたかったのだが・・・。
「ちょっとこちらへ来てくれ」
傍に来るよう指示するローラン教師を見る限り、難しいかも。