259 星暦553年 翠の月 2日 祭りの後(5)
>>>サイド アルヌ・ファーナム
「魔術学院って藤の月から始まるんだよね。
俺は赤の月に学院長に会って放り込まれたんで、まだちょっと頑張れば追いつけた。
だが、流石に今から入学したら大変だぜ~。
別に平均的な入学の年齢を過ぎている訳じゃあないし来年からで良いと思うんだが、どうしても今すぐ始めたいと言うならまあ、勉強に協力しても良いが。
どうしたい?」
魔術学院の学院長に相談した後、ウィル・ダントールという俺を見つけた魔術師が彼の家へ連れて行ってくれた。
彼の同居人の二人とも軽く話した後、直ぐに寝てしまったのだが・・・。
朝になって、朝食を食べながら軽い口調でウィル氏が尋ねてきた。
「えっと。
ギルドはどうなるのかな?」
入学をいつにするかよりも、根本的な話がまだ解決していないと思うのだが・・・。
卵焼きとソーセージのお代わりを皿に取りながら、ウィル氏が肩を竦めた。
「大丈夫だよ。
あの学院長が何とかするって言っているんだから。
特級魔術師な上に皇太子の家庭教師まで任されるような男なんだぜ?
お前さんが熟練の凄腕でお偉いさんにとって都合の悪い情報を色々知りまくっているというならまだしも、まだ殆ど何もしていないんだろ?
暗殺ギルドにとって、態々特級魔術師と魔術院に喧嘩を売ってまでして引き留める理由がないよ」
そうなのか。
なんか、どうでも良いと言われるのはちょっと不満。
とは言え、引き留められても困るけど。
唯一残念なのが、お袋が死んだ後に拾ってくれたおっさんと縁が切れてしまうことかなぁ。
下町で人間は、保護者のいない孤児がどんな目に遭うか知っている。
いつも遊んでいた子供が親が死んだ途端に痩せ細ってきたり。
あちこちに見える痣が増えてきたと思ったらいつの間にか居なくなったり。
孤児なんて、スリやかっぱらい、ゴミあさりでしか食べる物を入手する手段はない。
スリやかっぱらいでは捕まったら後が無い。
かといってゴミあさりなんて競争相手が多すぎて、余程体格が良くない限り他の子供に先に取られるか、折角見つけても奪われるのがオチだ。
そして偶に飢えた孤児に優しくしてくれる大人がいると・・・大抵それは裏ギルドの勧誘員だ。
同じ裏ギルドでも、何の技能も無い子供は大抵の場合は娼婦ギルドで子供が好きな変態や、人を傷つけることが好きな人間の相手として使い捨てにされる。
それを考えると、お袋の知り合いだと言って俺を拾ってくれて食わせてくれたおっさんには恩がある。
ギルドの事も、使い捨てされないようにちゃんと技能を教えてくれると言っていたし。
まだ教わり始めたばかりで殆ど何も憶えてないけどさ。
「じゃあ、来年から入学でいいや。
それまで、何をしていれば良いんかな?
それまでの生活費も奨学金で貰えるの?」
寮に入れば衣食住の面倒を見てくれると言われたが、それまでどうするんだろ?
「う~ん、魔術院で雑用の下働きでもする?
住む場所はウチで暮しても良いし。ちょっと毎日魔術院まで通うのが遠いけど、ラフェーンかアスカに乗せて貰えばいいんじゃない?」
同居人のシャルロという青年が口を出した。
ふふっともう一人の同居人が笑った。
「土竜とユニコーンで通勤する下働きって・・・。
まあ、魔術院で知り合いを増やすのは良いことだけどね。
じゃなきゃ、ウチの商会の店の何処かで下働きとして住み込みで働いても良いよ?」
??
商会になんか伝手があるのか?
泥棒を中に引き入れては困るから、特に住み込みの下働きなんて商会はそれなりに信用がないと雇ってくれない。
「掃除係だとしても、魔術院で知り合いを増やしておくのは良いことなんじゃないか?
まあ、魔術院どっぷりでは無く、俺たちみたいに外の世界で働くつもりなら商会で働く方が世界が広がって良いが。
お前さんはどうしたい?」
皿の上を綺麗に片づけたウィル氏がお茶のお代わりを淹れながら尋ねてきた。
どうしたいんだろう?
魔術師になるなんて、考えたことも無かったからどんな生き方があるのか、想像もつかないよ・・・。
更新が1日ずれこみましたね、すいません。
次は間違わずに19日にアップするよう気をつけます。