257 星暦553年 翠の月 1日 祭りの後(3)
「魔術を学んだ人間が魔術師なんだ。
魔術を勉強したいが魔術師になれないってどういう意味だ?」
さっきまで元気に遊び回っていた様子から一転して、少年は俯いてしまっていた。
「俺、孤児だし。
・・・ルドに入っているから・・・」
何やらもごもごと少年が答える。
「別に、孤児でも構わないんだって。
3年間魔術学院に通っている間は寮で暮すんだが、それなりに魔術院から援助があるから下町で暮すのと殆ど替わらないぐらいの値段だし、それと学費とを合わせた金額を奨学金として借りられるから大丈夫だ。
お前なら、間違いなくちゃんと魔術師として稼いでいける。普通に真面目に働くだけで直ぐに奨学金で借りて金額なんて返せるぜ。
俺も孤児だったが、この通り無事魔術師として活躍できてるんだ。俺より魔力がありそうなお前なら、努力すれば絶対に一人前の魔術師としてやっていける。
・・・待てよ、ギルド?お前、ギルドに既に入っているのか?!」
少年を説得しようとして話している間に、少年が言っていた最後の言葉が頭に入ってきた。
ギルドだって?
この年で、孤児が入れるギルドなんて裏ギルドしか無い。
「どのギルドなんだ。手袋か、それともワインか?まさか鎌じゃあないよな?」
裏ギルドの隠語として、手袋は盗賊ギルド、ワインは娼婦ギルド、そして鎌は暗殺ギルドを意味する。
盗賊ギルドならば俺の前例があるし、依頼を受けることがあるとは言っても殆どは自分でやっている自営業のような物なので、抜けるのは簡単だ。
娼婦ギルドは先に金のやり取りがある場合が多いので返金が必要になるかも知れないが、要は金で解決する。
暗殺ギルドは・・・。
一番難しい。
既に人を殺しているとしたら本人の精神が歪んでいる可能性があるし、まだ殺していないとしても魔力を有している便利な人間を暗殺ギルドが手放したがらないだろう。
更に。
暗殺ギルドは基本的に依頼を受けて動く組織だ。
つまり、何かの仕事に関与したことがあるとしたらそれなりに金のある人間が出した誰かを殺す依頼の詳細を知ってしまっているかも知れず、ギルドを離れるとなったら口封じの恐れもある。
しかも、暗殺ギルドの一員だったというのは盗賊や娼婦ギルドの一員だった事に比べて悪名度がダントツで高い。
後々脅迫の材料になりかねないぐらいに。
さっきの遊んでいた様子を見る限り、まだ人を殺していないか・・・もしも既に殺人を経験しているのにあんなに楽しげに気楽に遊べるのならば、場合によっては魔力を封じた方が良いかもしれない。
人殺しが好きだったり、人を殺すことに何の罪の意識も感じない人間が魔術師になるなんて危険すぎる。
「・・・鎌」
俺が裏ギルドの隠語を知っていたことに驚いた顔をしながら、少年が答えた。
「母親が死んだ時に、引き取ってくれたおっさんがギルドの人間なんだ」
平凡そうな顔をしているのが気に入られたのか。
それとももしかしてこの少年の親も暗殺ギルドの人間だったのか。
流石に、魔力持ちであることを見抜いて引き取ったというのは無いと思いたいが。
「取り敢えず、ちょっと魔術学院に行って相談に乗って貰おう!」
神官に挨拶をして、少年の手を取って魔術院へ向かう。
こういう時は、学院長に相談するのが一番だ!
◆◆◆◆
>>>サイド アイシャルヌ・ハートネット
ノックの音と共に、先日相談に現れたウィルが頭を突き出してきた。
「こんにちは、学院長。
ちょっとまたお時間を頂いても良いですか?」
ふむ。
昨日の魔術院主宰の祭りが無事終わり、今日は神殿教室に回って魔力持ちの子供達を探しに回っていたはず。
態々・・・それも子供を連れてきたと言うことは、何か問題があったらしい。
「良いぞ、入りなさい。
ちょうどお茶を飲もうと思っていたところだ。君たちにも淹れてあげよう」
応接スペースにあるソファを勧めながら、ティーポットと湯沸かし器へ手を伸ばす。
ウィルが連れてきた子供は、10歳程度で栄養失調一歩手前といった感じにかなり細い。
服装から見たところ、下町の・・・孤児か?
他に誰も一緒に来ていないということは、ウィル本人が見つけたのだろう。
少年にとっては幸運だったな。
これが頭が固い魔術師だったりしたら、都合が悪い立場の孤児を見つけたら相談するまでも無く安易に魔力を封じてしまおうとしたかも知れない。
とは言え、少年自身はウィルを信じていないのか、今にも逃げ出しそうな顔をしている。
クッキーもついでに出すかな。
甘い物というのは子供の警戒心を解くのに良く効く。
次は12日に更新します。