256 星暦553年 翠の月 1日 祭りの後(2)
魔術院では子供の魔力を『ある』か『ない』かと判定をしているが、実は魔力というのは誰でもある程度は有している。
それこそ、頭をどこかにぶつけて支障が出てしまった人や、生まれつき障害がある人間以外全てに嗅覚や聴覚があるのと同じように、魔力だって殆どの人間がある程度は持っている。
ただし、通常の一般人が有している魔力は少なすぎて実用性が無く、それこそ俺たち魔術師が普通に使っているような術でも無理矢理起動させたら気絶するか、下手をしたら干からびて死んでしまうレベルだ。
だから魔術院で使っている魔力の判定の魔道具は、基本的な術を日に3回ぐらい起動させても支障が無いレベルの魔力があるか否かを基準として『魔力あり』と『魔力なし』の振り分けをしている。
実際の所、基本的な術を日に3回程度しか起動できないのでは勉強だって練習が捗らず大変だし、働くにしても十分食っていけるだけの仕事をこなすのも難しい。
だが、例えば魔術院の事務職などだったら『魔術』という物に対する理解がある方が好ましいが別に術はそれ程使う必要は無い。
それに、魔道具の開発だって魔力を視ることが出来る方が良いが、魔道具の発動はどうせ魔石を使うから本人の魔力はそれ程重要では無い。
と言うことで最低レベルの魔力しか無いからと悲観する必要は無いのだが・・・。
神殿教室に居た子供達のうち、二人はちゃんと学べば一流か二流の魔術師としてやっていけるだけの魔力がある。
(ちなみに、シャルロは間違いなく一流、俺とアレクは一流の下か二流の上というところ)
目の前に立っている少年に関しては。悩ましいところだった。
「う~ん。
お前さん、将来何かなりたい職業ってあるのか?」
「俺?俺は親父みたいに立派な大工になるんだ!」
ニカっと笑いながら自信満々に少年が答えた。
大工かぁ。
家を建てる際には固定化や防水等、様々な術を掛けることがある。
実際に自分で掛けるのでは無くても、どんな術があるのか、術の特徴がどんなものか等を知っておけば頭脳派な大工にとっては得るものが多いとは思う。
だが、大工というの元々それなりに尊敬を得られる堅実な職業だから、これから3年間かけて態々微妙なレベルの魔術師になる勉強をする必要があるかどうかは判断に困るところだ。
「そうか。
取り敢えず、お前さんにもそれなりに魔力があるから、なりたければ魔術師になれる。
ただ、あまり魔力が多くは無いから魔術師としてだけ食っていくのはちょっと大変かも知れない」
微妙なレベルの子供への勧誘って中々悩ましいものだな。
「魔術師っていうのは魔力だけが重要なのでは無く、工夫や努力でそれなりに伸びる。
だが、魔力が他の魔術師よりも少ないと言うことは・・・それだけ他よりも努力しなければ同じ開始時点に立つことすら難しいと言うことだ。
家を建てるのにも魔術というものに対する理解があると、より良い家を建てられると思う。だから魔術師になる勉強をした上で大工になるというのもありだろうが、それがお前にとってこれから3年間ほど必死の努力をするだけの価値があるかどうかは分からん。
親と相談して、魔術学院に行きたいと思うなら魔術院に来てくれ。
話をもっと聞きたいというのなら俺も相談にのるから、魔術院で俺に呼び出しを掛けてもいいぞ」
幸い、悩ましいぐらい魔力のレベルが微妙と言うことは、少なくとも暴発のリスクは殆ど無いと言うことなので本人が魔術師になりたくないと言えば放置しても構わない。
魔術院で俺を呼び出せるように連絡カードを少年に渡してから、残った子供達のテストを続ける。
「お、魔力ありだね~。
今度一度、ご両親と一緒に魔術院か魔術学院に来て話を聞かないか?」
案の定、先程目を付けていた少女で判定の魔道具が反応した。
「え~本当??どうしようかなぁ~」
何やらきゃぴきゃぴした感じに指を組み合わせて首をかしげながら、少女がこちらを見上げた。
・・・なんだ、これは。
『媚びた』とまでは言わないが、こうも『女々しい』というか『女』であることを全面に出してくる少女と今まで縁が無かったので、思わず一瞬言葉に詰まる。
「あ~女性というのはまた違った観点の考えることがあるかも知れないからな。
魔術院で女性の相談員とでも話した方が良いだろう。
後で魔術院でお前さんのことを伝えておくから、明日にでもご両親を連れて相談に来てくれ」
これは、付き合いたくない。
俺はもっとサバサバした人間が好きなんだ。
女だからと周りに甘やかされることを期待しているような人間なぞ、相手にしたくない。
これだったら魔術師になるよりも、魔力を封じた方が良いんじゃねぇ?
取り敢えず、これは魔術院に丸投げだな。
さらにその後、何人か「残念ながら無いね、次~」なんてことをやっていたら、最後にもう一人の魔力があると思っていた少年の番になった。
というか、本人はテストを受けたくなかったのか、さりげなくテストを受け終わって話している子供達に混ざっていたのを声を掛けて呼び出したのだ。
・・・何なんだ、こいつは?
テストを受けたくないなら今日はサボれば良かったのに。
今だって受けたふりして帰っても神官達にはばれなかっただろうに、そのままここに居るが自分からは来ようとしない。
魔力が視えるはずなのに自分では手を上げないし。
変なの。
「ん。お前、やっぱり魔力が視えているだろ?」
魔道具が明るく光ったのを見て少年に声を掛ける。
特に精霊に好かれている様では無いが、蒼流抜きのシャルロ並の魔力がある。
間違いなく、一流魔術師になるだけの魔力があるし、これなら魔力を目に集める方法を学ばなくったって魔力が視えているはずだ。
「俺・・・魔術師にはなれないから。
それでも、魔術の勉強だけするって可能ですか?」
何やら事情がありそうだな・・・。
ちょっと人間関係・・・というか個性?に悩むウィル君。
次は9日に更新します。